2020年07月09日

車内で絶叫OK ドライブインお化け屋敷

 オーツは日経新聞で見かけました。
https://www.nikkei.com/video/6169504332001/
(2020/7/6 9:30)
 クルマごと入るお化け屋敷があるという話です。これはなかなかいいアイディアです。
 インタビューの中では、新型コロナウイルスの影響で、絶叫できるところがないという話が出てきますが、それはさておき、今までこういうアイディアがなかったというのが不思議です。
 クルマの中にいる観客をゾンビが襲うようなリアルな体験は、きっとおもしろいことでしょう。クルマ1台8千円というのは、妥当な金額のように思います。4〜5人くらいでいけば、高いとはいえません。
 クルマの窓ガラスなどが汚れるという問題はありますが、このお化け屋敷を出たら、洗車機で洗車すればいいと思います。洗車機を使うと自分の大事なクルマに傷つくのが問題だというように考える人は、そういう大事なクルマ(高級車?)でお化け屋敷に行かないことです。
 オーツだったら孫を連れていってあげたい気もしますが、小学生ではちょっと小さすぎてショックに耐えられないかもしれませんね。大人でも、こういうリアルな演技を嫌う人がいそうです。
 今までのジェットコースター的な絶叫マシーンとは異なる新発想のエンタテインメントだと思います。もちろん、映画とも大違いです。
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2020年03月11日

非常時の食品消費

 最近の新型コロナウイルス関連で、トイレットペーパーやティッシュペーパーが店頭から消える「事件」がありました。オーツの自宅では、ストックが普通にありましたが、先日、妻がトイレットペーパーとティッシュペーパーを一つずつ買ってきました。これで数ヶ月は持ちそうです。
 こんなふうに、あるニュースが流れることで、消費者がちょっと買物を増やし、その結果店頭から商品がきれいになくなる事件が発生するわけですが、これと同様の事件が冷凍食品などでも起きていました。
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/posdata202003/
「やはり売れていた POSデータでみえた非常時の食品消費」
(2020年03月10日 公開)
 この記事では、日経POSのデータを利用して、小中高校の休校要請後に起きた食品消費の波を見ています。即席白飯、うるち米、冷凍餃子、冷凍グラタン、冷凍ピザ、冷凍ピラフ、即席カップ焼きそば、即席カップ中華そば、即席カップうどん、ソーセージ、パスタソースミックス・ソース、レトルトパスタソース、パスタ缶詰といった食料品の売り上げが急増していることがわかります。
 中には売り上げが普段の3倍近くに上昇しているものもあり、「小学生でも作れる昼食」のために購入されたことがうかがわれます。
 品切れなどがあったとは聞きませんので、このくらいの変動は特に目立たないレベルであって、スーパーなどの普段の在庫で間に合ってしまうということなのでしょう。
 それにしても、皆さん、考えることが似ているわけですね。
 こんな傾向があるということになると、ストックが効くものは、買いだめが起きると普段の数倍とか10倍くらい売れるということになるのでしょう。
 スーパーなどでは普段から余分な在庫を持たないようにしているでしょうから、地震とかの災害時に、スーパーの棚が空っぽになるとかいうことになるのは当たり前です。
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2020年03月07日

スーパーでトイレットペーパーが売り切れ

 2月末くらいからでしょうか。近くのスーパーでトイレットペーパーが売り切れてしまいました。今でも空っぽの棚がそのままになっています。
 オーツの自宅には、何ロールかのトイレットペーパーの買い置きがあったし、妻と2人での生活ですから、使う量もさほどではないし、そんなにあわてるまでもないということで、次が入荷するまで待っていても大丈夫だと思っていました。
 これについては、朝日新聞の記事で、トイレットペーパーの生産は順調だというものがありました。
https://www.asahi.com/articles/ASN3366LZN33UQIP02Z.html
伊藤進之介「トイレットペーパー、こんなにあります 原料も在庫も」
(2020年3月3日 19時08分)

 まあ、何と、ボケた記事でしょうか。トイレットペーパーの生産が順調だというのはその通りでしょう。しかし、そんな写真を掲載しても無意味です。現実に近くのスーパーでトイレットペーパーを売っていないし、そういう状態が2週間近くも続いているのですから、買おうと思って「ない」となった家庭では大変な思いをしている可能性があります。
 こうなった原因がデマや人々の思い込みであるとしても、そんなことを分析・紹介しても無意味です。
 現実にトイレットペーパーが並んでいない現状をどうすれば改善できるのか、提言の一つでも書く方がマシです。
 オーツは、朝日新聞の(記者の)劣化を感じました。
 そんなことを思っていたら、DIAMOND ONLINE で、このことに関して読み応えのある記事が出ていました。
https://diamond.jp/articles/-/230623
塚崎公義(久留米大学商学部教授)「トイレットペーパーの品切れが簡単に解消しない複雑な事情」
(2020.3.4 5:25)

 現状は、皆が合理的なのに皆がひどい目に遭う「合成の誤謬」状態だというわけです。
 「メーカーとしては増産して利益を追求するよりも淡々と通常ペースで生産を続ける方が合理的」という考え方はわかりますが、やはり、ここは一時的にメーカーが増産し、在庫をどんどん販売に回して、実際にスーパーの店頭に商品が並ぶようにするべきでしょう。その後、パタッと売れなくなることは明らかですが、そのときは生産を控えるしかありません。こういう「生産量の変動」が起こるのは、メーカーにとって不都合ではありますが、やむを得ないものと思います。

 以下、オーツの個人的な考えを書いておきます。
 トイレットペーパーの棚が空っぽなのは、やや高い値付けをして利益を確保するチャンスでもあります。通常の数倍の値段を付けるのはどうかと思いますが、5割高くらいなら合理的な範囲でしょう。それでも、なくて困っている人は買いますから、確実に売れていくはずです。問屋からどんどん配送があるようであれば、3割高、1割高と値下げして、だんだん通常価格に戻すようにします。こうして、急がない人も普通に買えるようになります。必要な人から先に買ってもらうためには、むしろ、このような値上げは望ましいものともいえるでしょう。
 こういう「儲け」は不当利得でも何でもありません。工場が生産縮小になったときにも従業員に対する給与の支払いなどがあるので、経費がかさみます。「儲け」をそれに充てると考えれば、値上げは当然のことになります。小売価格も卸価格も工場出荷価格も同様です。
 消費者としても、何週間かの品切れ状態よりは、高いものが売られている状態の方が選択の幅が広がって望ましいものと思います。
 スーパーは、「一人1個まででお願いします」などという貼り紙をするくらいなら、値札を書き換えて5割増の価格に切り替えてトイレットペーパーが売れなくするほうがよかったかもしれません。もっとも、どの程度の値上げが望ましいかはなかなか判断がむずかしいので、現場の判断だけでは何ともならないかもしれません。

 ついでにいえば、最近は温水洗浄便座が普及していますから、トイレットペーパーがなくてもあまり不自由はありません。温水でおしりを洗ったあと、適当な布で拭いてもいいと思います。風呂上がりにバスタオルで身体を拭くのと同じです。その意味では、トイレットペーパーがなくて困るのは、温水洗浄便座でない家庭とか、まだ十分うまく温水洗浄便座を使えない幼児がいる家庭とかになりそうです。
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2020年03月03日

新型コロナウイルス肺炎の対策

 最近は、武漢発の新型コロナウイルス肺炎の話で持ちきりです。テレビのニュースを見ても、そればっかりが取り上げられているような感じです。
 ネットでも、いろいろな意見が聞かれますが、どうも主観の強い一方的な意見が多く聞かれ、居心地の悪さを感じます。
 そんな中で、比較的まともな意見であるとオーツが考えるものを二つほど取り上げましょう。いずれも DIAMOND ONLINE で見かけました。

・新型コロナ対策に見える「隔離」や「外出自粛」の限界
仲正昌樹:金沢大学法学類教授
https://diamond.jp/articles/-/230168
(2020.2.28 5:25)
 「社会全体のリスク拡大を防ぐために個人の自由や人権に関わることも時に制限が必要な場合があるが、どこまで許されるのか。」ということで、この問題を主として法律の観点から見ています。伝染病への対処は政治権力の問題であるとしています。
 中国政府の隠蔽方針は批判されてもしかたがないものですが、それはそれとして、どんな状況になったら政府や地方自治体が感染症が発生したと発表していいかというのはなかなかむずかしい問題です。専門家の意見を聞いていると、時間がかかります。しかし、一人の医療関係者が警告を発した時点で政府が「感染症だ」と言い出すとなると、社会が混乱します。「感染症だ」と言い出す時点で人の移動の制限と密接に関わってくるからです。
 武漢市の閉鎖は思い切った処置ですが、日本も(たとえば市区町村単位で)こうするべきだったのかというと、それはやはり問題です。クルーズ船の処置も同様です。日本では政府も地方自治体もそんな「決定」は(法律上)できないものです。
 入国拒否も、法律上の根拠を考えるとむずかしいものです。個人の基本的人権と関わります。
 「超法規的措置の「超」はなるべく小さくしなければならない。」という意見はもっともだと思います。

・政府の新型コロナ対策が信用できない背景に見える「人災」
岸博幸:慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
https://diamond.jp/articles/-/230164
(2020.2.28 5:02)
 2月25日に政府が発表した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」は、すでに言われていることばかりで、新鮮味がなく、イベントの開催や学校の臨時休校などの可否について、事業者や自治体に判断を丸投げしていることはおかしいとしています。
 その原因として、「厚労省が引き起こした人災」という見方を提示するわけですが、オーツはこれがなかなか的を射ていると思いました。著者が元官僚ということもあるのでしょうが、政府の判断のしかたをとてもうまく説明していると思います。
 この記事では、厚労省は3つの過ちを犯したとしています。
 第一:厚労省内で対策が検討される過程で、専門家の知見がほぼ確実に活かされていないこと
 専門家の科学的な見地からの知見を活かすしくみができていません。感染症研究所も厚労省の下部機関なので、本省の意向に逆らえないということです。
 第二:厚労省は国民に対してわかりやすく説明する努力を怠っていること
 厚労省の毎日の記者発表では、事務方ばかりが出席・説明していて、感染症の専門家が同席していません。
 第三:緊急事態にもかかわらず、何かあった場合の全責任を負いたくないという、厚労省の意識がありありとうかがえること
 たとえば、学校を休校にするかどうかについては適切な実施を自治体に要請するだけであり、他人に責任を押しつけています。
 政府の対策のひどさは素人でもわかるレベルです。岸氏は「私が一番憤っているのは、感染の可能性が間違いなく高い通勤ラッシュの満員電車は事実上容認しながら、イベントについては中止を要請していることです。」としていますが、これなどは誰でも同意することでしょう。
 オーツも、この問題を少しは考えましたが、では電車を止めるべきかというと、それはそれで日本経済がマヒしますから、さすがにできないと思います。であれば、全国一斉の学校の休校などもするべきではなかったということになりそうです。

 オーツは、今回の新型コロナウイルス肺炎の対策としては、通常のインフルエンザなどと同様にすればいいと思っています。感染力も似ていますし、致死率も似たようなものでしょう。「新型」であって治療法がないからといって、特別な処置を講じることはないと思います。つまり、病気を受け入れるということです。肺炎になったらなったでしかたがない、患者が死んだら死んだでしかたがないということです。政治家としては、こんな判断はできないものでしょう。政府が何もしなかったから死者が続出しているのだという批判に耐えられないからです。しかし、何か対策を施す場合、それは意外な副作用ともたらす場合があります。そちらのダメージによって社会構造が大きく傷つくという面もあるわけです。そういうのは一般に無視されます。たとえば、全国の学校の休校措置によって、数十人から数百人の死者が出るかもしれません。子どもを抱えている医療従事者が病院に勤務できなくなり、人手不足で病院が機能しなくなり、病人が十分な診療を受けられずに死ぬというようなことです。しかし、こちらは一般に休校措置が原因で死亡したとは言われませんから、無視されるものです。
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2020年02月25日

中高年でも酒離れが進んでいる?

 オーツは日経新聞の記事をネットで読んで、不思議に思いました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55913500R20C20A2SHA000/
 「中高年も「飲み方改革」 酒抜きで健康にカッコよく」
(2020/2/22 14:10)
 その記事の中で、「酒離れは中高年でも進んでいる」ということで、グラフが示されています。
https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXMZO5591346021022020SHA001-PN1-2.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&fit=max&ixlib=java-1.2.0&s=a613b489d851eff23ca56379c2499e68
 このグラフは、お酒を週3日以上飲む人の割合です。
 60歳以上のところを見ると、さほど減っているようには見えません。ごくわずか減っているように見えます。
 しかし、20-39 歳、40-59 歳のところはかなりの落ち込みようです。やはり、若い人が飲まなくなっており、その影響が中年層まで及びつつあるといったところでしょうか。60歳以上にまでは及んでいないように見えます。元の記事では「中高年」と言っていますが、これは若干誤解を招く言い方のように思います。
 ところで、60歳以上のところを見ると、2007 年でも 2017 年でも 20% を下回っています。飲酒率はこんなに低いのでしょうか。オーツの周りの人を見ると、とてもそんなふうには見えません。大概の人が飲んでいるように思えます。
 そのとき、グラフの下の方の注記に気がつきました。「男女計」と書いてあります。一般に飲酒率は女性が低く、男性が高いのは常識ですから、こういう集計をするとき、男女別にするのが当然で、男女一緒にしてもあまり意味がありません。
 そこで、オーツは、厚生労働省の「国民健康・栄養調査」の元資料を見てみることにしました。
https://www.mhlw.go.jp/content/000451762.pdf
このファイルの 207 ページ、第98表「飲酒習慣者の割合の年次推移(性・年齢階級別)」に結果が載っています。それを見ると、以下のような飲酒率(%)の数値になっています。一部引用します。

         2007 2017
────────────────────────
男性 20-29 歳  16.0 16.2
   30-39 歳  36.1 24.9
   40-49 歳  49.2 36.8
   50-59 歳  40.8 43.8
   60-69 歳  40.8 41.4
   70 歳以上  24.0 27.4
女性 20-29 歳   6.3  3.0
   30-39 歳  13.2 10.2
   40-49 歳  15.7 14.8
   50-59 歳   8.1 12.8
   60-69 歳   5.9  9.6
   70 歳以上  0.9  2.1

 確かに、男性の30代、40代はこの10年間で飲酒率が下がっています。しかし、男性の20代は、過去10年間で飲酒率が変わらず、50代、60代、70歳以上は、むしろわずかに上がっています。
 女性は、20代から40代の飲酒率がわずかに下がっているようですが、50代、60代、70歳以上はむしろわずかに上がっています。
 さて、このような年齢別・男女別の傾向が事実であるわけですが、これを日経新聞の記事のように、男女を一緒にし、20代と30代、40代と50代、60代と70歳以上を一緒にしてグラフに示すことは正しい態度でしょうか。
 一緒にすることで、男女別の大きな違いが見えなくなってしまい、また、50代以上では男女とも飲酒率がわずかに上がっているのに、それが見えなくなっています。
 オーツは、厚生労働省の調査結果を日経新聞の記事がゆがめて伝えているように考えます。50歳以上の中高年層において、酒離れは起こっていないと見るのが正しい見方です。
 あえていえば、中高年にアルコール離れが広がっているという(意外な)話が先にあり、それに合わせて、日経新聞の記者が厚生労働省の元の数値を手直ししたと言えます。
 中高年の酒離れというのは意外な話だから、興味を持つ人もいるだろうし、おもしろいと思う人もいるでしょう。マスコミとしては、多くの人がおもしろいと思って記事を読んでくれればそれでいいのでしょう。
 しかし、それでは正確な情報が読者に伝わらなくなってしまいます。新聞記事として書かれた話が本当かというのは多くの人は疑ってもみないものでしょう。オーツは、たまたま飲酒率が極端に低いと感じたことから、数値を疑問に思って、元の資料に当たってみたわけでした。
 オーツはマスコミの怖さを痛感しました。
 ま、オーツがこんなブログで記事を書いて吠えたところで、多くの人の目には触れないのでしょうけれどもね。
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2020年02月24日

1泊500円の宿

 オーツは DIAMOND ONLINE の記事で知りました。
 大阪の西成区には1泊500円の宿があるそうです。
https://diamond.jp/articles/-/229641
その宿泊体験記が掲載されていました。
 まあ、ドヤと言われる最低限の宿でしょうが、それにしても500円でやっていけるというのは驚きです。ネットカフェよりも安価です。実際は2泊以上の連泊でという条件があるようなので、最低でも 1,000 円がかかるようです。
 記事本体、さらに記事中の写真を見る限りでは、この宿にあまり快適さは感じられません。しかし、需要があれば供給があるということなのでしょう。いろいろな宿が提供されるということは、選択の幅がないよりはずっと大事なことだと思います。
 上を見ればキリがないけれど、下を見てもキリがないのですね。
 こういうところに住まざるをない人たちというのはどういう人なのでしょうか。次はそちらに重点を置いたレポートを読んでみたいものです。

 関連して、たまたまオーツが読んだ大阪のあいりん地区の生活体験記もおもしろかったです。
https://tabippo.net/ailin/
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2020年02月07日

ネットバンキング被害4倍に 「ワンタイムパス」破る

 オーツは日経新聞で読みました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO55313840W0A200C2MM0000/
(2020/2/6 10:19)
金融機関で導入されている「ワンタイムパスワード」が破られ、ネットバンキングを通じて口座の預金を不正に送金される被害が増えているというのです。
 記事中の図を見ると、どうやって破るのか、わかります。
 オーツが取引しているいくつかの銀行でワンタイムパスワードを導入しています。オーツは、こういう仕組みならば安全だろうと思っていましたが、そうではないのですね。これは影響が大きそうです。
 ワンタイムパスワード破りを考えた人はなかなか頭のいい人です。オーツはこの記事を読むまでは破り方なんてまったくわかりませんでした。こういうやり方でいいということを確認し、実際預金をかすめ取ったというのは(犯罪ではありますが)すごいことです。
 ネットには、何でもありますが、ワンタイムパスワードまでが破られるとは、本当に驚きました。
 さて、金融機関の側はどういう対策を考えるでしょうか。記事中には「金融機関は不正送金を防ぐため、顔や指紋で本人確認する生体認証の普及を急いでいる。」とありましたが、本当にそうなるのでしょうか。生体認証は、ユーザにとって面倒な話になりそうです。
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2020年01月24日

最近の居酒屋の傾向

 オーツは、日経新聞でとある記事を読んで、最近の居酒屋の傾向を知りました。

「居酒屋スルー、鳥貴族とワタミの答えは?」
(2020/1/23 11:30 日本経済新聞 電子版)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54692240S0A120C2TJ2000/

記事内容をまとめると、以下のようなことです。
(1) 若い世代は、忘年会もスルー(不参加)だし、新年会もスルーである。
(2) 団体客が減少しており、8人とか10人での来店は少なくなっている。
(3) ひとりや2人での来店が増えている。
(4) かつては金曜日、土曜日、日曜日の順番に混んでいたが、いまは土曜日、金曜日、日曜日の順だ。
 会社の宴会が減っていて、プライベートな飲み会が増えているためだ。
(5) 来店客のパーソナル化でドリンク比率が低下し、食事比率がアップした。
(6) アルコールを飲まない客が増え、ソフトドリンクが多くなっている。

 オーツなどが当たり前に経験してきた昔ながらの飲み会スタイルは、今や絶滅危惧種のようです。
 時代とともにライフスタイルが変わり、その結果飲むスタイルも変わってしまったのでしょう。
 今回の記事は居酒屋という店側の視点で書かれていますが、客側から見ても同じでしょう。
 昔ながらの飲み会スタイルは、中高年のものになってきており、若い人は友人や家族と新しいスタイルに移行しているわけです。土曜日などに少人数で楽しむスタイルということです。
 アルコールを飲まない人が増えてくると、居酒屋そのものが変質せざるを得なくなるでしょう。そうでなければ、単に居酒屋が潰れてしまうというだけで、その結果、別のスタイルの店が進出してくるわけです。どっちみち同じことになります。
 その昔、オーツがアメリカに何週間か滞在していたとき、日本流の居酒屋がなくて、さみしい思いをしましたが、日本もそんなアメリカ流に近づいていくということでしょうかね。
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2020年01月12日

「70歳超えても働く」60代の54% 日経郵送世論調査

 オーツは日経新聞で読みました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54256420Q0A110C2SHA000/
(2020/1/10 18:00)
 「日本経済新聞社が2019年秋に実施した郵送世論調査によると、70歳以上まで働くつもりだと答えた人が60歳代の54%にのぼった。」ということです。
 こういう結果は、回答者の年齢や職業によって大きく変わるものでしょう。記事内では、そのあたりも分析しています。
 定年が現実味を帯びる層ほど、高齢まで働く意向があることも分かった。回答を世代別に分析すると「70歳以上まで働くつもり」は70歳代では45%、60歳代は54%に達した。30〜50歳代は3割前後で18〜29歳は18%と、若年層ほど低かった。70歳代では「75歳以上」との回答が34%にのぼった。

 高齢になるほど、高齢まで働きたいという回答が多くなります。自分がその年齢になると、老後不安が大きくなるということでしょう。
調査では老後に不安を感じていると答えた人が76%だった。不安の理由を複数回答で聞くと「健康」の71%で、「生活資金など経済面」が68%と続いた。

ということですから、若年層は感じないことですが、それなりの年齢になってくれば、健康や経済面での不安が大きくなってくるというわけです。
 オーツの場合も、60代になってきたら、目がよく見えない、耳がよく聞こえないから始まって、人間ドックの数値が問題になるケースが増え、医者から運動するように言われ、まあ多数の人が経験するようなことを経験しつつ歳を重ねるようになってきました。
 しかし、全般的に、老後に不安があるかと聞かれれば、あまりないということになるでしょう。身体が衰えつつあっても、まだまだそこまでひどくはないし、具体的に身体に異常を感じているわけでもないです。となると、いつ退職してもいいということになりそうです。
 記事内では、70歳以上まで働きたい人として、自営業の人、非正規社員、低所得の人をあげていますが、これもさもありなんです。
 オーツの場合、経済的な面でも、特に不安は感じていません。
 あとはいつ辞めるかのタイミングの問題ということになります。もう少し働けるものなら働きたいと考えていますが、早く仕事を辞める人の気持ちもわかるような気がしています。
ラベル:働く 老後 高齢
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2019年12月24日

はんこロボ

 オーツは日経新聞のサイトで見かけました。はんこを押すロボットが開発されたとのことです。
https://www.nikkei.com/video/6116961554001/
(2019/12/19 14:50)
 「デンソーウェーブ、日立キャピタル、日立システムズは、ロボットを活用して書類の押印を自動化するサービスを開発した。」ということです。
 オーツは「自動はんこロボット」という発想に違和感を感じました。AIの活用で、はんこを押すべき位置を決め、そこに着実にはんこを押すことができるという点はおもしろいです。しかし、はんこが何のためにあるかというと、そのはんこを押した人がその書類を確認したということを明示することに目的があるわけで、ロボットが勝手にはんこを押したとして、それがどういう意味を持つのか、疑問に思います。
 通信販売などで、入金が確認されると、自動的に領収書が(PDF ファイルで)発行される場合がありますが、はんこロボの発想は、これの拡張版なのかもしれません。しかし、上記ページにある動画を見ると、そういう単純なものではありません。先に存在する紙を認識してはんこを押すようなロボットです。であれば、ロボットが何を確認したのでしょうか。はんこを押すように指示した人間が書類を確認したのでしょうか。
 何だか、ずいぶん危険なような話だと感じました。
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2019年12月05日

離婚の決め手はDNA 「計算された人生」は幸せか

 オーツは日経新聞で読みました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52568680V21C19A1EA9000/
(2019/12/3 11:00 日本経済新聞 電子版)
「離婚はDNAデータが決め手だった。後悔はしていない」という話です。オーツは驚きました。DNA データが離婚という判断の決め手になったということにです。
 記事中には「遺伝子検査の相性判定サービスに頼ると、相性スコアは「48%」。「(この遺伝子パターンでは)長続きするカップルは少数」と説明された。板東さんは「生物的に合わないならと吹っ切れた。妻も納得した」と振り返る。」とあるので、DNA データから相性スコアを計算する仕組みのようですが、一体どうやって「相性スコア」を計算するのでしょうか。そんな計算法があるとは思えないし、ディープラーニング技術で行うとしても、それほど膨大な(離婚とかに関する)情報が集められているとも思えません。この相性判定はスイス企業の技術を使うという話ですが、結婚観・離婚観は、文化による違いが非常に大きく、スイス人と日本人、さらにはイラン人、インド人やアメリカ人など、国ごとの違いは非常に大きいものがあります。
 オーツは、このデータの使い方が妥当だとは思えませんでした。
 こういう仕組みがあること自体、いかがなものかと思いますし、こういう仕組みを導入している結婚相談所があるということもおかしな話だと思います。しかし、一番問題なのは、そのような仕組みの内容を完全に理解しているとも言えないような状態で(この部分はオーツの想像なので間違っているかもしれませんが)、離婚の判断に至るというプロセスであり、またそう判断したカップルの考え方です。
 もともと、このカップルが離婚をほぼ決意していて、DNA による相性スコアが最後にカップルの背中を一押ししたということなのでしょうが、データの扱い方を間違えると、とんでもない結果を招きそうで、恐い話だと思いました。
 オーツにとって、今年一番驚いたニュースのように思いました。
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2019年11月23日

人気のカーシェアに落とし穴 “性善説”悪用し無断売却事件も

 オーツがネットで読んだニュースです。
https://www.sankei.com/premium/news/191118/prm1911180005-n1.html
(2019.11.18)
 最近はカーシェアリングが普及してきています。オーツの自宅付近でも、勤務先付近でも、カーシェアリング用のクルマが駐車場に止まっていたりします。カーシェアリングの利用者は、お互い常識的に使っていれば、特に問題はないものと思いますが、中にはそうでない人もいるのですね。
 上記記事では、無断売却事件があったということで、本当に驚きました。無断売却は、運転免許証が偽造できれば、可能だといえば可能でしょう。高級車のカーシェアリングではこういう一面もあるのでしょうかね。まあ被害に遭った人(業者?)にしてみれば、悪質な犯罪というしかないわけですが。
 運転免許証が偽造かどうかを素人がチェックするのは無理だと思われます。よほど稚拙な技術しか用いられていない場合は見抜けると思いますが、最近の偽造技術はすごいものがあります。個人間カーシェアリングでは、ここに穴があります。無断売却事件は、そういうスキマを突いた事件だと思います。
 上記記事の3ページ目には、利用者のマナーの問題が書かれています。空き缶、ゴミ、ペットの毛、喫煙などの問題はどうするのでしょうか。そのあたりまで考慮しておかないとカーシェアリングはトラブルの原因になりそうです。
 上記記事にはありませんが、カーシェアリングで借りたクルマで、ちょっと車体をこすってしまった場合などはどうなるのでしょうかね。目立つような傷が付いていれば「事故」であることは明らかですが、はっきりしないレベルの(あるいは目で見えにくい形での)キズは見逃されそうな気がします。次の利用者が気がつかず、3人目の利用者が気がつくと、2人目の利用者の責任になってしまうのでしょうか。

 オーツはマイカーを所有していますが、マイカーはそういう問題とは無縁で、いつも自分に合わせた状態になっていて、その意味で快適な環境を提供してくれています。個人的な予想では、オーツ自身が運転できなくなるまで、マイカー中心に乗り回すことになりそうで、カーシェアリングを利用することはなさそうです。
 オーツは、何回かレンタカーを使ったことがあります。レンタカーの営業所がクルマを管理する分、トラブルは少なそうです。

 余談ですが、図書館で本を借りるときでも、借りた人が本の破れがないかなどを確認することが必要なのかもしれません。
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2019年08月20日

人がクマの鼻先にかみついた

 イヌが人にかみついてもニュースにならないが、人がイヌにかみつくとニュースになると言われます。珍しいことだからニュースなのです。
 オーツは朝日新聞の記事で知りました。
https://digital.asahi.com/articles/ASM8H5T1CM8HIIPE01C.html
神村正史「伝説のハンター、ヒグマと接近戦 鼻先かみつき九死一生」
(2019年8月17日07時30分)
 詳細は記事本体を読んでほしいところですが、この74歳のハンターは常人ではありません。何と、ヒグマの鼻先にかみついたというのです。
 記事には、「ヒグマの鼻先が坂本さんの口の中に入ってきた。坂本さんはあらん限りの力でそれにかみついた。」とあるので、自分から意図的にかみついたわけではなさそうですが、それにしても、ヒグマと取っ組み合いをするというだけでも大変なことです。74歳ですよ。この年齢ともなれば、中には手足が不自由になっている人もいるのではないでしょうか。
 オーツが驚いたニュースでした。
 8月の記事ですが、事件は4ヶ月前の4月に起こったとのことです。
ラベル: ヒグマ
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2019年08月10日

日本人の名前の順番

 オーツは日経新聞で読みました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48119480S9A800C1SHA000/
日本人なら「姓→名」? ローマ字表記見直し進むか 自治体に変更の動き 企業は様子見ムード
(2019/8/3 11:27)

 日本人の名前をローマ字で表記するとき、日本式の「姓→名」順にするという文科省の推奨の通知がなかなか広がらないという趣旨の記事です。
 オーツは、「姓→名」の順がいいと思っていますが、日経新聞の記事を読んでも、この点について、掘り下げられておらず、どうにもよくわかりません。

 第1の問題は、言語と表記の混同があります。
 仮に山田太郎(Yamada Taro)さんという日本人がいたとしましょう。
 英語で名前を言う場合は、今まで「My name is Taro Yamada.」のような言い方をしてきたわけですが、今後は「My name is Yamada Taro.」のようにいおうということでいいと思います。
 一方、「ローマ字表記」というのは、日本語をローマ字で書くものであり、これは、今までも「Watasi no namae wa Yamada Taro desu.」としてきました。
 したがって、この両者は区別するべきであり、前者だけの問題なのだときちんと説明するべきです。
 上記の記事の見出し「ローマ字表記見直し進むか」はミスリーディングです。
 英語の書き言葉に関しては YAMADA Taro とか、Yamada, Taro とかの表記も使われる可能性があり、書き言葉の場合は「姓→名」という順序だけの問題ではない側面があります。

 第2の問題は、英米人の名前の日本語表記をどうするのかということです。こちらはあまり論じられませんが、オーツは大事な問題だと考えています。
 仮に Jack Smith さんというアメリカ人がいたとしましょう。英語で名前をいう場合は、「My name is Jack Smith.」といいます。この場合、「My name is Smith Jack.」は変ですし、「SMITH Jack」とか、「Smith, Jack」とかも変だと思います。英語の世界の習慣をそのまま続けるのが常識だと思います。
 さて、この人の名前を日本語で表記するときはどうするべきでしょうか。今までだと「彼の名前はジャック・スミスさんです。」のように書いてきたと思います。英語の「姓→名」の順番を守ったまま、カタカナで表記してきたわけです。このように、自分の言語での順番を他言語でもそのままにするというなら、日本人の名前を英語で「姓→名」の順にするのは当然のことになります。
 もしも、「My name is Taro Yamada.」というのであれば、アメリカ人の名前を日本語で表記するときに「彼の名前はスミス・ジャックさんです。」とするべきだったのです。自国と外国の関係は相互に同じ原則で扱うべきだとすれば、当然、こうあるべきでした。

 もっとも、話はそう簡単ではありません。日本語の文脈で、英語式のアルファベットで名前を書くときも「彼の名前は Smith Jack さんです。」とするべきなのかという問題が起こります。これが面倒だったこともあって、英米人の名前は日本語でも原語の順序で書くことになり、日本が妥協してきたのではないでしょうか。
 ちなみに、中国人、韓国人が英語でどう名乗っているかも参考になります。毛沢東は「Mao Tse-tung」ないし「Mao Zedong」としてきたようですし、文在寅は「Moon Jae-in」です。自国式を英語の場合でも貫いています。
 であれば、日本も自国式を英語の文脈でも貫くのがよさそうです。
 他の国でどうなっているのか、よくわかりません。姓をあまり使わないタイのような国もあったりしますし、世界の少数民族の中には「姓」という概念がない場合があっても不思議ではありません。(オーツは具体的な部族名を知りませんが。)
 いろいろな事情を考えると、どの言語を使おうとも、本人の主張する名前をなるべくそのまま使うようにするほうがいいのではないかと思います。
 日本人の場合も、英語の文脈であろうと何語の文脈であろうと、自国式の言い方(の順序)をそのまま使うのが最も自然だと思います。
 このようなやり方にする場合、英米人と日本人が一つのリストに並ぶときに、どのような順番に並べるかという問題が起こります。一般に、姓の abc 順に並べるものですが、国によってどちらが姓かが変わってきますので、表記も含めて、こういうときの順番付けについては別途考慮する必要が出てきます。
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2019年07月19日

メールやSNSの返事が遅いビジネスマンは絶滅する

 オーツがネットで見かけた記事です。
https://diamond.jp/articles/-/208860
(2019.7.17 4:55) 菊原智明「メールやSNSの返事が遅いビジネスマンは「絶滅」する理由」というものです。
 オーツは、先日のブログ記事で、「メールにはすぐ返事をしない?」というのを書きました。
2019.6.24 http://o-tsu.seesaa.net/article/467427997.html
 そこに書かれている話とは真逆の意見が出てきました。とはいえ、実は正反対の意見とは言い切れないように思います。
 今回の記事は、ビジネスマンとして、つまり仕事を進める場合にどうかという話です。一方、前回の話は自分の時間を大切にしようという趣旨です。個人単位で見れば、平日と休日では行動が変わってきますが、ちょうどそんなものかもしれません。仕事を進める際にはてきぱきと進めるほうがいいのかもしれませんが、休日は自分の時間を趣味のために使いたいというような感覚でしょう。
 オーツはスマホを持っていないのですが、その理由の一つに、そんなに急いで返事をする必要はないと考えていることがあります。仕事の内容にもよりますが、スマホが使えない時間帯というものがあるものです。重要な会議中に、あるいは他人と話をしているときに、スマホでメールを送るかというようなことです。そういう仕事のスタイルなども勘案すると、オーツはスマホを使う必要性を感じていないわけです。
 まあ、こうして世の中に遅れていくのかもしれませんが。
 オーツもそのうち仕事を辞めるので、文字通り「絶滅」するようなものです。
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2019年06月24日

メールにはすぐ返事をしない?

 オーツが読んだネットの記事で、ユニークなものがありました。
ジェイク・ナップ ジョン・ゼラツキー(2019.6.21)「即レスの人ほど「人生の損」が増えていくワケ 返信はもっと遅くするべき。その理由とは?」
https://diamond.jp/articles/-/205331
というものです。『時間術大全――人生が本当に変わる「87の時間ワザ」』の記述の一部を引用したもののようですが、驚きがありました。
 メールに対する即レスは「相手」にとっては最高なのですが、自分の時間を奪うものだというのです。ですから、「できる限り早く」から「許される限り遅く」への方針転換が何より必要だということになります。メールにはゆっくり返信するのがいいということで、数時間、数日、ときには数週間置いてから連絡をとろうという提言があります。
 すぐに返信するのは、メールの送信者と自分自身にこんなメッセージを送っているようなものだということです。「あなたがどこの誰で、用件が何であれ、私は自分の優先事項を差し置いて、あなたの優先事項のために時間をつくりますよ」
 価値観の大転換です。
 オーツの場合、メールを読んでもすぐに返信しないケースがあります。それは、酒を飲んだ後のことです。読むだけは読むのですが、返事はしないことにしています。過去に、自分で信じられないようなメールを送ったことがあるからです。オーツは自分あてに Bcc: ですべてのメールを返していますので、翌朝、それを読んで自分で自分が信じられなくなりました。それ以来、酒を飲んだ状態でメールを送ることはしないようにしています。
 それ以外は、だいたいすぐに返事をしていました。返信しないのは、ネットにアクセスできないときなどの場合です。旅先などではそういうことがあり得ます。
 数日後に返信する方針を試しに導入してみるのもおもしろいかもしれません。自分の生活がどう変わるでしょうか。もしかして周りの人に迷惑をかけることになるでしょうか。意外と平気なような気がしています。
ラベル:メール 返信 時間
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2019年06月20日

年金問題に関する人々の意識

 最近、オーツが読んで驚いたブログ記事がありました。
https://www.landerblue.co.jp/45965/
「More Access! More Fun! 永江一石のITマーケティング日記」というものですが、内閣府の「老後の生活設計と公的年金に関する世論調査」(平成31年)の結果を引用して論じています。その中で、人々が年金に対してあまり関心を示していないという事実があります。
 今回の年金2千万円不足問題に関しては、オーツもブログに自分の意見を書きました。
2019.6.12 http://o-tsu.seesaa.net/article/467053952.html
こんな「事件」が起こるのは、人々があまりにも年金のことを知らないためであることは明らかです。今回のは「事件」でも何でもなくて、金融庁の報告書は当たり前のことに過ぎないものです。それが「事件」になってしまうのですから、日本社会はどうかしていると感じました。
 なぜそんなことになったのか。
 そんなことを考えると、オーツとしては、むしろ、今回の内閣府の調査結果のほうに衝撃を受けました。
 人々にこんな程度の知識しかなくて、年金としてもらえる金額が少ないとか不平・不満をいうなんて、おかしいとしか思えません。
 その先の問題として、そういう人々が投票で政治家を選び、政治家が国の方針を考えて決めるわけですが、人々の知識がこの程度であるときに、民主主義の仕組みがうまく働くのだろうかという深刻な問題があるように感じました。
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2019年06月12日

老後に年金が2千万円不足する問題

 今、国会で、老後に年金が2千万円不足する問題が取り上げられています。
 オーツは朝日新聞で読みました。
https://www.asahi.com/articles/ASM6B51DLM6BUTFK012.html
山口博敬、中崎太郎 山本恭介、斉藤太郎「年金は安倍政権の鬼門? 「老後2千万円」野党争点化へ」
(2019年6月11日05時00分)
 立憲民主党・蓮舫氏や共産党・小池晃氏と安倍首相との質疑が書かれています。
 まあ、こんな簡単な切り取り記事で感想をいうのも気が引けますが、オーツの見るところ、野党は勘違いしているようにしか思えません。(麻生副総理の発言も変です。都合の悪いことをあえて隠そうとしているように見えます。)
 第1に、公的年金が100年安心というのは、100年後まですべての老人(退職者)が年金だけで生活していけるという意味ではありません。今から100年後まで公的年金の仕組みが維持できる見込みであるという意味です。もっとも、100年後に支給される年金の額が、そのころの老人の生活費の何割くらいに該当するかは、何とも言えません。しかし、ゼロにはならないということです。
 第2に、年金だけで100歳まで生活していけるとは、もともと誰も言っていません。年金というのはそういう仕組みではありません。老後の生活の一部をまかなうために年金という形でお金を渡しましょうと言っているだけです。だから、年金だけで生活していけるという(野党の)主張は間違いです。老人が、(退職後に)老後生活に入る前に、なにがしかのお金を用意しておかなければならないのは当然です。
 実際、高齢者で働いている人はたくさんいます。そういう生き方がむしろ標準であるべきで、まったく働けない人(病気や事故などで誰でもなり得るわけですが)は、それなりにお金を用意しておかなければなりません。用意できなかったら、……その際は最後の手段として、生活保護に頼るとかいうことになるのでしょうね。
 蓮舫氏の「日本は65歳から30年生きると2000万円ないと生活が行き詰まる国なのか」は単なる揚げ足とりです。政府側の説明は、単に平均値で示せばそうなるといっているだけで、実際は、平均値と異なる生活をしている人がたくさんいます。生活が行き詰まる人もいるかもしれませんが、普通に暮らしていける人もたくさんいると思います。生活が行き詰まっても、それで餓死するとか何とかいうことではありません。セイフティネットワークがありますから、最低限の生活であれば、継続できるものと考えられます。
 小池氏は「年金は「100年安心」と言っていたのに、いつの間にか年金はあてにするなと。国家的詐欺に等しい」と言っているようですが、これも揚げ足とりです。「100年安心」は上記の通りの意味ですし、年金で生活の全部を支えるわけではないけれど、一部は支えることになるので、その意味で「年金をあてにしていい」ということです。どのくらいあてにできるかは不透明ですが。
 夏の参議院選挙のことを考えてか、野党は政府・与党を批判することばかり言っているように感じられます。(まあもともとそういう発想しかないようですが。)そんなにいうなら、自分たちで、望ましい年金制度を組み立てるようにするべきです。たとえば、老人が年金だけで生活でき、若い人が払う年金保険料が若い人の生活を圧迫することなく、政府が発行する国債の異常膨張なしに、制度が100年継続できるような仕組みです。そういう代案が出せるものなら出してみなさい。出せないくせに、政府・与党を攻撃(口撃)するだけ攻撃しているなんて、実際実務能力がないことを自ら証明しているようなものです。
 こういうことを言っているから、野党は支持されなくなっているのですが、野党はそれがわかっていないということです。

 ちなみに、朝日の社説でもこの問題を取り上げています。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14050522.html
(社説)「年金」論戦 まずは政府が説明を
(2019年6月11日05時00分)
それにしても、突っ込み不足で、何が言いたいのか意味不明な社説であります。
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2019年05月08日

固定電話と自宅への突然の来訪者

 アゴラの記事ですが、黒坂岳央(2019.5.6 6:01)「もはや“詐欺と営業ホイホイ”になった固定電話」
http://agora-web.jp/archives/2038843.html
というのがありました。「詐欺や営業電話は固定電話にかかってくる」という話です。
 オーツの感覚とあまりにピッタリなので、読んでいて強く共感しました。電話の着信に出ることは、デメリットしかない状態になってきたということです。
 現在となっては、自宅の固定電話を取り外してしまうほうがいいのかもしれません。
 オーツは、自宅の固定電話の番号をあちこちに書いてきましたし、逆に、ケータイの番号を書くことはほとんどありません。そのことの反映かもしれませんが、意味のある着信が固定電話に入ることはほとんどなくなっています。たまに孫から電話がある場合もありますが、ごくまれです。
 日常的な連絡の大半は電子メールでやってきます。それでいいと思います。ということは、固定電話は不要だということです。
 固定電話を使うシーンとして、自分から電話をかけることはあります。しかし、当然ながらケータイからも発信できるので、そういうことがあることが固定電話を置いておく理由にはなりません。
 もしかすると、固定電話の撤去よりは、一歩手前の方針「固定電話の着信に出ない」ほうがいいのかもしれません。オーツの場合、一時、そういう主義で生活していた時期もあったのですが、孫が成長してきて自力で電話できるようになると、出ないのは問題のようになってきました。
 固定電話を取り外して、あちこちにオーツのケータイの番号を書くようになると、今度はケータイのほうに詐欺や営業の着信が届くことになるのでしょう。結局は現状とあまり変わらないのかもしれません。

 こんなことを考えてみると、自宅に突然やってくる人の場合も似たようなものだと思い至りました。インターホンが鳴らされた場合でも、出る必要はないのです。出ることで、変な営業に付き合わされたりして、自分の時間のロスになりますし、余計なものを買うことになっても、お金のムダになります。
 自宅への訪問者も、詐欺か営業、宗教の勧誘の場合がとても多いように感じます。
 自宅への突然の来訪者の場合、宅配便・郵便局・ネットスーパーなどの配達、町内会関係者などの場合もあるので、まったく出ないというのも変ですが、事前のアポなしの訪問者はだいたい無意味な場合が多いように思います。おそらく、いつも居留守という態度で生活している人もいることでしょう。オーツはそこまで割り切れないので、インターホンが鳴らされると出るようにしています。
 こんなことを考えると、昔とは生活のしかたが変わってきたように思います。
ラベル:固定電話 来訪者
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2019年04月25日

ふつうの目薬

 オーツが朝日新聞の記事を読んでいて気になったものがありました。
聞き手・中島鉄郎、藤田さつき「コンビニの棚に見える限りなき徒労 「ふつう」はどこに」
(2019年4月10日05時00分)
https://www.asahi.com/articles/ASM444TG5M44UPQJ008.html
 コンビニの品揃えについて述べている文章ですが、その中に以下のような段落があったのです。
 これはドラッグストアでの経験ですが、「ふつうの目薬を下さい」と聞いても店員が返答に詰まるんです。ドライアイやら花粉症やらブルーライトやら細分化はされているけど、「ふつうの目薬」がどれかわからない。無意味な差異化競争であり、日本の製造業と小売業の一種のアポリア(行き詰まり)が現在のコンビニの棚に象徴されていると思います。

 これを読んで、オーツはわからなくなりました。「ふつうの目薬」とは何でしょうか。そんなのを使う人がいること自体、信じられませんでした。
 オーツは普段から目薬を使うことはありませんが、もしも使うとしたら、医者からもらった(あるいは処方箋で薬局で購入した)点眼薬か何かでしょう。それは、そのときのオーツの症状に応じて医者が処方したものです。目薬に限らず、一般的に、薬は特定の症状に合わせて、それを改善するために使うものではないでしょうか。
 目薬の場合でいえば、涙が出やすいとか、目が乾燥するとか、充血しているとか、それなりの目の不調があったときに使うもので、「ふつうの目薬」などというものはあり得ないと思います。
 そういうのがあり、それを買おうとしている人がいることがオーツが驚いたことでした。

 ちなみに、Yahoo! の検索エンジンで「"普通の目薬"」と入れて検索すると、40件ほど検索できましたが、その大半の記事で「コンタクトレンズ用の目薬」と対比して「普通の目薬」と言っていました。コンタクトレンズを使っていないときに使う目薬というくらいの意味です。
http://www.chuo-contact.co.jp/column/eye/16031511.html
https://morecon.jp/c/388
posted by オーツ at 04:28| Comment(0) | ニュース時評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする