2007年11月05日

水月昭道(2007.10)『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)光文社

 オーツが読んだ本です。「「フリーター生産工場」としての大学院」という副題が付いています。
 タイトルのインパクトが強すぎます。「高学歴ワーキングプア」とは博士号を持っていながら定職に就いていない人たちを指しています。大学院を正規に修了した人たちのことです。今は職がなくあぶれている人がたくさんいます。著者自身、40歳の非常勤講師だとのことです。
 本書では、大学院生が多くなったのは国策であり、また大学の運営方針であるということを述べています。つまり、現状の「ワーキングプア」状態は、生まれるべくして生まれたというわけです。
 本書で描かれていることは、部分的には誇張しているところもあるようですが、大学院修了者が高学歴ワーキングプアだというとらえ方はおもしろいと思いました。
 問題は、ではどうするかというところです。もちろん、それには簡単な解決策などあるはずがありません。大学院に進学しようとするときに、大学院の修了後がどうなっているのか、自分はどうしたいのか、自分で調べて納得するしかないでしょう。たとえそうだとしても、大学院生の個人差は非常に大きいものでしょうから、自分がその後研究者に向いているのか、教師に向いているのかなど、答えようのない問題に絶えず向かわざるを得ないところです。指導教官がアドバイスしてくれることもあるでしょうが、本書の記述によれば、そういうのはあてにできないとのことです。
 p.187 博士号を「足の裏の米粒」にたとえているところは、どこかでそういう話が広まっているのでしょうが、オーツは知りませんでした。ココロは「取っても食えないが、取らないと気持ちが悪い」だそうです。思わずにやりとしてしまいました。
 第7章では、学校法人に対する期待が述べられていますが、ここは、ちょっと変なように響きました。
 大学は(高校などもそうですが)、教員がどういう人かに左右される面が大きく、法人が長期にわたって継続しても、教員個々人は年を取って停年になり辞めていく(そして新人が採用されて入ってくる)わけですから、大学は次第に変わっていきます。親と子で同じ大学に入るといっても、実は両者の経験には共通点があまりないかもしれません。数十年もすれば大学は変わるものと思います。その意味で、法人にいろいろ期待してもしかたがないように思うのですが、いかがでしょうか。
2010.4.5 追記
 ネット内にはいろいろおもしろい記事があります。
 オーツは、以下の記事がおもしろいと思いました。
http://book-sk.blog.so-net.ne.jp/2008-09-13

2011.1.17 追記
 同じ著者による『ホームレス博士』についても記事を書きました。
http://o-tsu.seesaa.net/article/181077787.html
よろしければ御参照ください。
posted by オーツ at 05:05| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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