2020年03月03日

新型コロナウイルス肺炎の対策

 最近は、武漢発の新型コロナウイルス肺炎の話で持ちきりです。テレビのニュースを見ても、そればっかりが取り上げられているような感じです。
 ネットでも、いろいろな意見が聞かれますが、どうも主観の強い一方的な意見が多く聞かれ、居心地の悪さを感じます。
 そんな中で、比較的まともな意見であるとオーツが考えるものを二つほど取り上げましょう。いずれも DIAMOND ONLINE で見かけました。

・新型コロナ対策に見える「隔離」や「外出自粛」の限界
仲正昌樹:金沢大学法学類教授
https://diamond.jp/articles/-/230168
(2020.2.28 5:25)
 「社会全体のリスク拡大を防ぐために個人の自由や人権に関わることも時に制限が必要な場合があるが、どこまで許されるのか。」ということで、この問題を主として法律の観点から見ています。伝染病への対処は政治権力の問題であるとしています。
 中国政府の隠蔽方針は批判されてもしかたがないものですが、それはそれとして、どんな状況になったら政府や地方自治体が感染症が発生したと発表していいかというのはなかなかむずかしい問題です。専門家の意見を聞いていると、時間がかかります。しかし、一人の医療関係者が警告を発した時点で政府が「感染症だ」と言い出すとなると、社会が混乱します。「感染症だ」と言い出す時点で人の移動の制限と密接に関わってくるからです。
 武漢市の閉鎖は思い切った処置ですが、日本も(たとえば市区町村単位で)こうするべきだったのかというと、それはやはり問題です。クルーズ船の処置も同様です。日本では政府も地方自治体もそんな「決定」は(法律上)できないものです。
 入国拒否も、法律上の根拠を考えるとむずかしいものです。個人の基本的人権と関わります。
 「超法規的措置の「超」はなるべく小さくしなければならない。」という意見はもっともだと思います。

・政府の新型コロナ対策が信用できない背景に見える「人災」
岸博幸:慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
https://diamond.jp/articles/-/230164
(2020.2.28 5:02)
 2月25日に政府が発表した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」は、すでに言われていることばかりで、新鮮味がなく、イベントの開催や学校の臨時休校などの可否について、事業者や自治体に判断を丸投げしていることはおかしいとしています。
 その原因として、「厚労省が引き起こした人災」という見方を提示するわけですが、オーツはこれがなかなか的を射ていると思いました。著者が元官僚ということもあるのでしょうが、政府の判断のしかたをとてもうまく説明していると思います。
 この記事では、厚労省は3つの過ちを犯したとしています。
 第一:厚労省内で対策が検討される過程で、専門家の知見がほぼ確実に活かされていないこと
 専門家の科学的な見地からの知見を活かすしくみができていません。感染症研究所も厚労省の下部機関なので、本省の意向に逆らえないということです。
 第二:厚労省は国民に対してわかりやすく説明する努力を怠っていること
 厚労省の毎日の記者発表では、事務方ばかりが出席・説明していて、感染症の専門家が同席していません。
 第三:緊急事態にもかかわらず、何かあった場合の全責任を負いたくないという、厚労省の意識がありありとうかがえること
 たとえば、学校を休校にするかどうかについては適切な実施を自治体に要請するだけであり、他人に責任を押しつけています。
 政府の対策のひどさは素人でもわかるレベルです。岸氏は「私が一番憤っているのは、感染の可能性が間違いなく高い通勤ラッシュの満員電車は事実上容認しながら、イベントについては中止を要請していることです。」としていますが、これなどは誰でも同意することでしょう。
 オーツも、この問題を少しは考えましたが、では電車を止めるべきかというと、それはそれで日本経済がマヒしますから、さすがにできないと思います。であれば、全国一斉の学校の休校などもするべきではなかったということになりそうです。

 オーツは、今回の新型コロナウイルス肺炎の対策としては、通常のインフルエンザなどと同様にすればいいと思っています。感染力も似ていますし、致死率も似たようなものでしょう。「新型」であって治療法がないからといって、特別な処置を講じることはないと思います。つまり、病気を受け入れるということです。肺炎になったらなったでしかたがない、患者が死んだら死んだでしかたがないということです。政治家としては、こんな判断はできないものでしょう。政府が何もしなかったから死者が続出しているのだという批判に耐えられないからです。しかし、何か対策を施す場合、それは意外な副作用ともたらす場合があります。そちらのダメージによって社会構造が大きく傷つくという面もあるわけです。そういうのは一般に無視されます。たとえば、全国の学校の休校措置によって、数十人から数百人の死者が出るかもしれません。子どもを抱えている医療従事者が病院に勤務できなくなり、人手不足で病院が機能しなくなり、病人が十分な診療を受けられずに死ぬというようなことです。しかし、こちらは一般に休校措置が原因で死亡したとは言われませんから、無視されるものです。
posted by オーツ at 05:16| Comment(0) | ニュース時評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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