2019年08月19日

弁護士からブログ記事削除要請(続)

 昨日のブログ記事の続きです。
2019.8.18 http://o-tsu.seesaa.net/article/468950008.html
 オーツが当該記事を伏せ字にして上書きした後、Seesaa にメールを送ったわけですが、Seesaa から(および代理人の弁護士から)何も連絡がないので、オーツから督促のメールを送りました。「今まで特にご返事をいただいておりませんが、1週間以内にご返事がない場合は、記事の削除ではなくこのような変更でよいと(シーサーおよび代理人の弁護士から)了承が得られたものと考えます。」というものです。
 さらに2週間待ちましたが、何も連絡がありません。その後、当該記事の URL を指定して表示させてみると、当該記事は Seesaa によって全部削除されていました。
 オーツとしては、大いに不満に思いました。問答無用で Seesaa によって一方的に記事が削除されたことです。オーツの代案(個人及び大学の実名を伏せること)ではダメだという連絡があってもよかったと思います。そうすれば、なぜこういうことではダメなのか、建設的な議論ができたかもしれません。

 このようなブログ記事の削除にはいろいろ派生する問題があるように感じます。
 第1に、新聞の縮刷版はどう考えるべきでしょうか。
 図書館には、新聞の縮刷版がずらりと並んでいます。出版当時の版面のままです。そこには、10年前の記事であろうと100年前の記事であろうと、固有名詞がそのまま書かれています。それは訂正しなくていいのでしょうか。それを訂正せずに、ブログ記事の削除を求める根拠は何でしょうか。検索エンジンで簡単に調べられるからでしょうか。
 第2に、archive.org はどう考えるべきでしょうか。
 archive.org は、定期的にネット内の全部の記事を集めて、保存しています。過去の記録も必要になることがあるためでしょう。たとえば、オーツの書いた(そして Seesaa によって削除された)当該記事を archive.org で検索すると、2013 年に保存された記録が出てきます。つまり、新聞の縮刷版のように、何十年か経っても保存され閲覧できるようになっているわけです。archive.org の場合は、これはこれで意味のある活動だと思いますが、今回の問題の場合、archive.org に対してどう対処するのか、弁護士に尋ねてみたいところです。
 第3に、ブログの記事は執筆年月日入りです。そういうのをそのまま10年、20年と掲載し続けることは本当に問題なのかということがあります。むしろ、電子的に検索できることが問題なのではないかということです。「忘れられる権利」とも絡む大きな問題になり得ると思います。これに関しては、オーツの考えは、まだ固まっていません。

 何はともあれ、今回のことでブログ記事のメンテナンスの必要性に気づかせてくれた弁護士(と運営会社 Seesaa)に感謝しましょう。(ただし、くりかえしますが、オーツからの問い合わせに答えることなく、一方的に当該記事を削除した Seesaa には、オーツが不満を持っているという一面がありますが。)
 今回は、貴重な経験になりました。
posted by オーツ at 04:31| Comment(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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