2019年06月12日

老後に年金が2千万円不足する問題

 今、国会で、老後に年金が2千万円不足する問題が取り上げられています。
 オーツは朝日新聞で読みました。
https://www.asahi.com/articles/ASM6B51DLM6BUTFK012.html
山口博敬、中崎太郎 山本恭介、斉藤太郎「年金は安倍政権の鬼門? 「老後2千万円」野党争点化へ」
(2019年6月11日05時00分)
 立憲民主党・蓮舫氏や共産党・小池晃氏と安倍首相との質疑が書かれています。
 まあ、こんな簡単な切り取り記事で感想をいうのも気が引けますが、オーツの見るところ、野党は勘違いしているようにしか思えません。(麻生副総理の発言も変です。都合の悪いことをあえて隠そうとしているように見えます。)
 第1に、公的年金が100年安心というのは、100年後まですべての老人(退職者)が年金だけで生活していけるという意味ではありません。今から100年後まで公的年金の仕組みが維持できる見込みであるという意味です。もっとも、100年後に支給される年金の額が、そのころの老人の生活費の何割くらいに該当するかは、何とも言えません。しかし、ゼロにはならないということです。
 第2に、年金だけで100歳まで生活していけるとは、もともと誰も言っていません。年金というのはそういう仕組みではありません。老後の生活の一部をまかなうために年金という形でお金を渡しましょうと言っているだけです。だから、年金だけで生活していけるという(野党の)主張は間違いです。老人が、(退職後に)老後生活に入る前に、なにがしかのお金を用意しておかなければならないのは当然です。
 実際、高齢者で働いている人はたくさんいます。そういう生き方がむしろ標準であるべきで、まったく働けない人(病気や事故などで誰でもなり得るわけですが)は、それなりにお金を用意しておかなければなりません。用意できなかったら、……その際は最後の手段として、生活保護に頼るとかいうことになるのでしょうね。
 蓮舫氏の「日本は65歳から30年生きると2000万円ないと生活が行き詰まる国なのか」は単なる揚げ足とりです。政府側の説明は、単に平均値で示せばそうなるといっているだけで、実際は、平均値と異なる生活をしている人がたくさんいます。生活が行き詰まる人もいるかもしれませんが、普通に暮らしていける人もたくさんいると思います。生活が行き詰まっても、それで餓死するとか何とかいうことではありません。セイフティネットワークがありますから、最低限の生活であれば、継続できるものと考えられます。
 小池氏は「年金は「100年安心」と言っていたのに、いつの間にか年金はあてにするなと。国家的詐欺に等しい」と言っているようですが、これも揚げ足とりです。「100年安心」は上記の通りの意味ですし、年金で生活の全部を支えるわけではないけれど、一部は支えることになるので、その意味で「年金をあてにしていい」ということです。どのくらいあてにできるかは不透明ですが。
 夏の参議院選挙のことを考えてか、野党は政府・与党を批判することばかり言っているように感じられます。(まあもともとそういう発想しかないようですが。)そんなにいうなら、自分たちで、望ましい年金制度を組み立てるようにするべきです。たとえば、老人が年金だけで生活でき、若い人が払う年金保険料が若い人の生活を圧迫することなく、政府が発行する国債の異常膨張なしに、制度が100年継続できるような仕組みです。そういう代案が出せるものなら出してみなさい。出せないくせに、政府・与党を攻撃(口撃)するだけ攻撃しているなんて、実際実務能力がないことを自ら証明しているようなものです。
 こういうことを言っているから、野党は支持されなくなっているのですが、野党はそれがわかっていないということです。

 ちなみに、朝日の社説でもこの問題を取り上げています。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14050522.html
(社説)「年金」論戦 まずは政府が説明を
(2019年6月11日05時00分)
それにしても、突っ込み不足で、何が言いたいのか意味不明な社説であります。
posted by オーツ at 04:40| Comment(0) | ニュース時評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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