2019年04月20日

八幡和郎(2019.2.10)『捏造だらけの韓国史』ワニブックス

 オーツが読んだ本です。「レーダー照射、徴用工判決、慰安婦問題だけじゃない」という副題が付いています。いや、実は、表紙や奥付を見ると、『レーダー照射、徴用工判決、慰安婦問題だけじゃない 捏造だらけの韓国史』がタイトルであるとするべきなのかもしれません。表紙も奥付もこの順序で(ただし「レーダー〜」のほうがずっと小さく)書いてあります。
 最近の韓国の言動はおかしいことだらけですが、それらをとりまとめて「ほら、韓国の言い分はこんなにおかしいでしょ。彼らは歴史を捏造しているのですよ」というのが本書の内容です。
 著者の主張にいちゃもんを付けるつもりはありませんが、ちょっとというかだいぶ気になったことがありました。著者は韓国の言い分も、それに対する反論(実はこうだという主張)もかなりたくさん書いています。おそらくそれらは正しいのでしょうが、その出典というか、もともとどこに書かれていたのか、そういう情報をまったく書いていません。
 仮に反論の対象となる主張であっても、それがどこに記載されていたのかを明示する必要があるのではないでしょうか。仮にハングルで書いてあって、一般の人が読めなくても、一部の人は読めるはずですから、心ある人なら、原典に遡って、そのような記載を確認すると思います。しかし、出典が一切明示されなければ、そういうことはまったくできません。
 出典をまったく示さないとするなら、そこに書かれた内容は著者が直接経験したことというように読めますが、まさか、数百年前の「事実」を著者が直接体験することはできません。であるなら、なぜこれこれこのように書いたのか、それは何によっているのか、著者は何で確認したかを示す必要があるのではないでしょうか。
 さらにいえば、これこれは日本書紀に書いてあるという言い方もでてきますが、そういう場合は、具体的に、日本書紀のどの部分に出てくるのか、たとえば、岩波日本文学大系の上巻とか下巻とかとともにページ数を示す必要があるのではないでしょうか。著者が参照したものが別のものであれば(たとえば、日本書紀を孫引きした何らかの本によっている場合とか)、それに基づいて出典を示すべきだと思います。
 オーツがそういう出典を疑っているわけではありません。しかし、もしも疑いを持つ人がいたら、その疑いを晴らすのは著者であるべきで、読者にそういう疑いを持たせないように、あらかじめ出典を明示するものなのではないでしょうか。
 書かれている内容に関して、「そんなの常識だよ」といわれるかもしれませんが、常識であっても、そういう常識がない人向けに、細かく出典を示すような書き方が必要なのではないでしょうか。
 そういう意味では、本書では情報の出典が一切示されないことで、読者に対して信頼性に疑問を抱かせるかもしれません。
 読み物としては非常におもしろいのですが、それだけに、もう少し出典を細かく示すようなことがあると、なるほどと感じさせるところが大きくなったのにと思いました。この点、オーツとしてはちょっと残念でした。

参考記事:
http://agora-web.jp/archives/2036488.html


posted by オーツ at 04:15| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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