2018年07月14日

山梨旅行(1)赤沢宿

 オーツたちは、山梨県早川町の中でどこか観光に行こうと思いました。選んだのは「赤沢宿」という、昔の宿場町です。宿場と言っても、昔の街道沿いにあるわけではなく、身延山(みのぶさん)と七面山(しちめんざん)に参詣する人たちを泊めたようです。赤沢から身延山に行ってくると1日かかり、七面山に行ってくるとまた1日かかるというわけです。その両方の山の間に赤沢という集落があるわけです。
 赤沢に行くには、早川町の中を貫く県道から細い一本道を登っていきます。道幅は1車線です。クルマのすれ違い用にところどころ待避所があります。道路標示を見ると、この道はスクールバスが通るとのことです。いやはや、そんなのに出会ったら、すれ違いは難儀しそうです。ま、オーツたちが行ったのは日曜日だったので、そんな心配はありませんでしたが。
 赤沢宿には駐車場があると聞いていましたが、どこにもそんな案内はなく、それらしい集落を通り過ぎようとしたところに妙福寺の駐車場がありました。一度はそこを通り過ぎ、さらに奥まで行ってみましたが、だんだん人家がなくなってくるので、来た道を戻って、お寺の駐車場にクルマを止めました。13:00 でした。まあ賽銭もあげることだし、それを駐車場料金代わりにしようと考えました。オーツたちの他には、多摩ナンバーのクルマが止まっていました。全部で10台くらいは入りそうな駐車場でした。砂利が敷いてあるだけで、草も生えていましたが、一応駐車場として機能しています。
 お寺の駐車場ですから、当然、地元の人のためのものなので、旅行者を想定しておらず、「駐車場」という看板が出ているわけでもありません。
 あとで赤沢宿内を歩き回ったときに、赤沢の地図などももらいましたが、そこには、メインの通りからちょっと入ったところに駐車場があることが明記されていました。しかし、初めて赤沢に行ったときにはそんな案内はまったく目に入りませんでした。

 最初に、妙福寺にお参りしました。立派なお寺でした。こういうのが維持できるということは、赤沢地区がそれなりに繁栄してきた証拠といえるでしょう。お寺からは七面山方面が見渡せて、なかなか景色がいいところでした。
 お寺の脇には、「きくや」という休憩所がありました。「歴史文化公園(みのぶ・はやかわ)休憩処」という看板が出ていました。元旅館だった建物です。1階は板の間になっており、真ん中に囲炉裏がありました。大きな看板で「きくや」と書いてあるものが奥に鎮座していました。この施設には誰もいませんでした。オーツたちは板の間に座って休憩しました。風が涼しくて気持ちがよかったです。土間の先に墨で「厠」と書いてあるトイレがありました。妻がトイレを使いましたが、温水洗浄便座が設置してあったという話です。古い外見でも、中身は入れ替わっているのですね。
 そのそばに、岩に鉄板を貼り付けて、早川町教育委員会が設置した案内が書いてありました。「重要伝統的建造物群保存地区 早川町赤沢 面積 25.6 ヘクタール 平成5年7月14日指定」だそうです。赤沢の地図もありました。それを見て、自分たちの現在位置を確認するとともに、赤沢地区内を貫く石畳を往復すれば赤沢地区全体が見渡せることがわかります。オーツたちは石畳の道を降りる方向に歩き、それから一番上まで登り、最後に集落の真ん中まで降りてきて駐車場に向かうことにしました。これで赤沢全体を歩き回ることができます。
 石畳の道は、歩行者用がメインですが、それに接する妙福寺の境内にクルマが止まっていました。このクルマは石畳を通って車道に出るしかないわけで、狭いながらもクルマが通ることがあるというわけです。
 石畳を降りていくと、「江戸屋旅館」がありました。

akasawa1.JPG

 現在営業中の旅館です。
http://www.town.hayakawa.yamanashi.jp/tour/spot/staying/edoya.html
オーツたちが行った日曜の午後は、誰も宿泊客がいないようでした。(チェックアウトとチェックインの間の時間帯だったということが影響しているでしょう。)望月さんという95歳のおばあさんが留守番をしていました。足が悪いようで、杖をついていましたが、頭はしっかりしていました。ちょっとヒマがあったようで、オーツたちにいろいろな昔話をしてくれました。とても親切な方でした。廊下の一角にはおにぎりを入れる箱(数十cm四方で厚さが10cmくらい)が山積みになっていました。参拝者は、おにぎりを持って山に登り昼食にしたとのことです。朝のうちに500個ものおにぎりをにぎったこともあるそうで、広い大広間いっぱいに宿泊客が入ったこともあるという話です。
 旅館内にはあちこちに講中札がかけられており、たくさんの参拝客があったことがうかがわれました。
 旅館は土間の廊下がぐるりと取り囲む構造になっており、こうすることでたくさんの宿泊客が一斉に出入りできるという話でした。なるほど、グループでお参りすることを考慮すると、こういう構造が便利なのですね。

akasawa2.JPG

 さらに歩いて行くと、「大阪屋」という宿屋もありました。あとでネットを検索してみると「ゲストハウス」と名乗っています。
http://akasawasyuku.com/
食事を出さない宿泊所といった感じでしょうか。
 オーツたちが行ったときは、外国人の男性と日本人の女性が廊下で地図を見ながら話し込んでいました。宿泊者のようでした。
 そのそばに「赤沢資料館」がありました。扉が閉まっており、勝手に開けて、中に入って、足元のスイッチを入れると照明がつきました。

akasawa3.JPG

 薄暗い中に昔のさまざまな道具が浮かび上がってきました。縄をなっている女性の姿の人形が置いてあり、かなり薄気味悪かったです。こんなのが動き出したら、「ぎゃっ」とかいいそうです。
 さらに「清水屋」という宿の駅に行きました。
http://akasawasyukusimizuya.blogspot.com/
ここは「宿の駅」を名乗る休憩所です。若い女性が一人でサービスしていました。オーツたちは、「幻のポポアイス」と「山ブドウアイス」各300円を注文し、中に上がり込んで座敷で寝転んだりして休憩しました。

akasawa4.JPG

 涼しい風が入ってきて、快適でした。
 2階にも部屋がありました。階段で上ってみましたが、昔ながらの建物の造りを体験することができます。ただし、改装してあり、古い柱と新しい柱が混じっています。こういう手入れは相当に手間とお金がかかったように思われます。古い外観を守るのはなかなか大変なことです。
 しばし休憩してから、石畳を一番上まで登っていきました。けっこう距離があります。石畳に沿って、元旅館などが並んでいました。看板が掲げられているのでそれとわかります。また、民家もあります。昔は9軒も旅館があったという話ですから、相当に賑やかだったのでしょう。今もその面影は残っています。
 ずっと石畳を登っていくと(上り道なので)暑く感じられました。
 ふと気がつくと、畑などには網がかけられています。

akasawa5.JPG

また、電気柵もあり、「感電注意 さわらないで」と書いてあります。農作物が野生の動物の被害に遭うのでしょう。出てくるのはイノシシでしょうか。カラスやサルも考えられますが、……。
 そんなわけで、赤沢宿の中の散策を終え、15:30 にここを出ました。2時間半のゆったりした時間を過ごしました。赤沢は昔と今が交錯する場所です。観光客が少ないので、実にゆっくりできます。でも、観光客が少ないということは、地元ではそれだけ観光収入が少ないわけですから、こういう状態でやっていけるのか、心配な面もあります。日曜日の午後といえば、一番のピークでしょうが、……。
posted by オーツ at 03:56| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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