2016年09月15日

吉見俊哉(2016.2)『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書)集英社

 オーツが読んだ本です。タイトルは衝撃的ですが、中身は大学論が中心といってもいいでしょう。
 大学の今後を考える上で貴重な1冊となるように思います。
 第1章「「文系学部廃止」という衝撃」は、2016年6月に大騒ぎになった文科省の通達をめぐる騒動を描いています。このときに突然問題になったわけではなく、もっと前からしだいに文系学部が縮小される方向に舵が切られていたという話です。
 第2章「文系は、役に立つ」は、文系をめぐる議論の中で、文系が役に立たないけれど価値があるので廃止する必要はないという考え方に反論します。章のタイトルのように「文系は、役に立つ」という議論です。国家のようなものに役に立つのではなく、人類の普遍的な価値のために役に立つという議論です。合わせて、人文社会系ということと、教養やリベラルアーツとどう違うかなどを議論します。その上で、文系は長期的に見て役に立つのであって、理工系のように短期的に役に立つというのと役に立つ立ち方が異なるのだという話を展開します。
 オーツは、著者のいいたいこともわかるけれども、社会が大学に期待する「役に立つ人材の育成」というのは、やはり短期的なものだろうなあと感じています。数十年後に効果が現れるようなことっていうのは、やはり長期的すぎて大学が役に立ったのかわかりません。大学卒業後に、その人が社会の中で身につけ、また成長し、変化してきたために大学の効果が現れたように見えるだけで、大学が役にたったというのと少々違うように感じます。
 第3章「21世紀の宮本武蔵」では、大学がどのように変わってきたか、またこれからどう変わっていくのかを展望します。「宮本武蔵」が出てくるのは二刀流、つまりダブルメジャーなどの制度変更を念頭においてのことです。
 第4章「人生で3回、大学に入る」ということで、高校を卒業してすぐに大学に入るとともに、就職後しばらくしてから再度大学で学ぶようにするといいということ、さらには、定年を迎えて仕事に区切りをつけてからもう一度大学で学ぶといいということを論じます。もちろん、3回の大学生活で同じ専門である必要はなく、むしろ、別の専門をいろいろ幅広く学ぶのがいいということになります。
 オーツは、このような大学像もおもしろそうだとは思いつつ、果たして、3回も学びに来るような人がどれだけいるのだろうかと疑問に思う部分があります。オーツだったら、2回目、3回目は省略してしまいそうです。学生として大学に払う授業料だけでも、かなりの金額になりますから、それだけの金額を使うなら、もう少し違った使い方をしていろいろ学んでみたいと思います。
 大学について考える上ではおもしろい本だと思いますが、オーツは、文系学部の今後を考えると、なかなか大変な面があるように感じています。意見がバラバラで、イメージしている大学像、学生像など、分野ごとに(研究室ごとに)全部異なっており、全員が一致しないところが文系学部の特徴かもしれません。そんな中で大学のあるべき姿を変更しようとすると、膨大なエネルギーを使わざるを得なくなります。それだけの価値があるのかというと、ちょっとどうなんだろうかと思うわけです。ということで、大学は変わらないということをずっと続けてきたのでしょう。

参考文献:
http://imnstir.blogspot.jp/2016/05/blog-post.html


posted by オーツ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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