2015年04月25日

Word と一太郎

 オーツは、ワープロソフトをあまり使いませんが、ときおり、ファイルを印刷するときに一太郎を使います。しかし、世の中は Word が一世を風靡しているようです。他人から送られてくるファイルは、拡張子が「doc」や「docx」になっているので、しかたがないので、自分が使うパソコンにも Word をインストールしてありますが、自分で Word を操作するのは好きではありません。オーツの乏しい経験でも、Word は使いにくいと感じます。

 これに関連したことですが、海保博之さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/hkaiho/e/befc159023b9c09405950e1316915b06
を見ていたら、こんなことが書いてありました。

>それにしても、ワード、年寄には複雑怪奇
>年寄の権威?、面目丸つぶれさせるシステム
>教えてもらってもすぐに忘れてしまう
>システムが大きすぎて、あれこれ満艦飾の機能があるのが原因
>
>必要な機能限定にした素人版がほしい
>一太郎なんて今どうなっているのかなー

 この発言に関して、オーツのコメントをちょっと書いておきましょう。
 第1に、Word は、オーツが経験した各種ソフトの中でも飛び抜けて複雑怪奇になっています。
 システムが大きすぎるという面もあるかもしれません。何でもできるようにしたため、結果的に使いにくくなっているというわけです。オーツは、これに加えて、バージョンアップするたびに大きな変更が加えられていった点も見過ごせないと思います。メニュー構成なんて、バージョンごとにずいぶん違います。こんなことをすると、バージョンアップのたびに、ユーザーの「慣れ」という無形財産を捨てさせていることになるわけです。こうして、ユーザーは貧しくなり、「慣れ」が蓄積されず、使いこなしがむずかしくなります。なぜこうなるかといえば、Word の最初の設計が不十分だったということでしょう。オーツの見方では、そもそも日本語用でないワープロソフトを日本語に合わせて改変したために何が何だかわからなくなったと思っています。
 第2に、一太郎は今でも現役で動いています。バージョンアップも毎年のように行われています。とはいえ、メニュー構成などは大きな変更がないので、新バージョンを使うようになるのもそんなにむずかしくありません。これは、最初の設計がうまかったということなのでしょう。オーツの周りでも、いまだに一太郎を使っている人がいます。(オーツもその一人なわけです。)
 一太郎ユーザーにとっては、一太郎というソフト自体にそれなりの根強い人気があるわけですが、今後を考えると楽観はできません。一太郎ユーザーは高齢化しています。今後はさらに利用者が少なくなっていくでしょう。他人の作成する文書との互換性という問題があるので、周りが Word を使っている中で、自分だけが一太郎を使い続けるわけにも行かないと思います。会社などのビジネスの世界では、これが決定的に重要なことでしょう。オーツは、そういう世界と少し違った世界にいるので、自分流のパソコンの使い方をしても、まあ許されていると感じています。
 日常的にパソコンを使いながら、Word をほとんど使わず、一太郎もたまに使うだけというユーザーがいることは、若い人などにとっては信じがたいことかもしれません。オーツは、しかし、昔ながらの化石的な使い方が好きです。
 もしも、一太郎がバージョンアップを止めたら、……。それこそ幸せです。一太郎の最終版を、死ぬまで使い続けることでしょう。何も気にせず、今まで慣れ親しんだソフトをそのまま一生使い続けられます。こんな幸せなことがあるでしょうか。
 でも、そのうち、Windows のバージョンアップで一太郎が動かなくなったり、OSが Windows でなくなったり、パソコンというハードがなくなったりして、世の中が変わっていくのでしょうね。現在、DOS を使っている人がいなくなっているわけですからねえ。
posted by オーツ at 03:44| Comment(0) | TrackBack(0) | パソコンとIT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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