オーツは豆腐を賽の目に切るとき、よく手のひらにのせて包丁で切ります。
先日、いつものように切っていたら、ちょっとバランスを崩して、2×2×3=12個に切り分けたサイコロサイズの豆腐のうち、半分くらいが手から落ちて、流しにおいてあった三角コーナーの中に入ってしまいました。
まあ、拾い上げて食べてもいいのだけれど、何となく汚いような気がして、食べるのがためらわれました。
でも、考えてみると、変です。
三角コーナーといったって、別に汚いものを入れておくものでもなく、入っているのは食材の切れっ端みたいなものです。全然汚いものではありません。しかし、中身は全部捨てる予定のものとみなされます。
その中にポトンと落ちた豆腐は、「汚い」ものであるかのように意識されるのです。いや、そもそも「汚い」とはどういうことでしょうか。
汚くないものであっても「汚い」とみなすというのは、差別意識と同じものです。
手のひらの上にある豆腐と、三角コーナーの中にある豆腐と、同じ豆腐を切り分けただけです。何も変わりません。床に落ちてホコリがついた豆腐とはまったく意味がちがうのです。
オーツは、自分の心の中に「差別」がしっかり根付いているような気がして、見たくもないものを見てしまった気分になりました。
豆腐を落としただけで、大げさですかね。
2013年06月07日
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