2012年02月06日

初恋のきた道(2000)

 中国の映画です。味わい深い映画です。
 二つの時代を描きます。
 一つは、現代で、老夫婦のうちの夫が死んで、その妻が夫の遺体を自分の村に運ぶ話です。人手で棺を担いでいきたいということです。息子が何とか母親の希望を叶えてあげようとします。
 なぜ、そんな手間のかかることをしようというのでしょうか。
 それを説明するのが、もう一つの時代、数十年も前の時代のできごとです。田舎の村に赴任してきた若い(20歳の!)男性教師のことを思う村の娘(18歳)の話です。チャン・ツィイーが着ぶくれして、男性教師を思うかわいい娘を演じます。中国の東北部が舞台でしょうか。自然がとてもきれいです。いかにも素朴な田舎が描かれます。チャン・ツィイーの着ぶくれが似合います。
 男性教師がかなり不細工なのが現実味を帯びています(失礼!)。
 ちょっといいにくい話ですが、はっきりいえば、中国のこういう田舎の村にチャン・ツィイーのようなかわいい娘がいることはほとんど考えられないのですが、ま、そこは映画ということで、納得しましょう。
 娘のいじらしさが描かれます。若い男女の恋心を描いていると思うと、納得できます。
 中国の昔の農村の生活がきちんと描かれます。そうですか、たった半世紀ほど前の話だけれど、中国の田舎はこういうところだったのですねえ。
 ナレーター役がこの夫婦の息子であるというのがまた興味深いものです。
 二つの時代が、現代がモノクロで、半世紀前がカラーで描かれます。見事です。
 こういういきさつがあったからこそ、現代において、そういう父親(小学校の教師)が死んで、その妻が嘆き悲しむわけです。そして、父親の希望を受け入れて、息子が1時間だけ学校の教師になります。その声を聞く母親の気持ちを思いやると、ここは涙が自然とこぼれます。
 こうして、この映画は、単なる恋愛映画を越えて、深い感動を与えてくれます。オーツはすっかり引き込まれてしまいました。
 この映画の中のさまざまな登場人物は、(チャン・ツィイーをのぞき)実際に中国の農村にいるかのような中国人です。村長の声、しぐさ、ひげなどは、本物の村長を借りてきたかのようです。リアルな表現です。
 本当に、中国の一側面を見るかのような気がしました。(もっとも、オーツは半世紀前の中国を知っているわけではありませんが。)
 この映画の中国語の原題は「我的父親母親」です。味わいがあります。まさに映画の内容にピッタリです。
 英語題名は「THE ROAD HOME」です。現代の老夫婦を見る視点であり、これも本質を表しています。
 これらに比べると、日本語訳「初恋のきた道」は、若かりしころに重点を置きすぎています。初恋時代も重要なテーマですが、実際には、それに劣らず、現代の(二人が歳を取った)シーンも重要なのです。日本語訳は、中国語の原題、英語の翻訳題名に比べると、イマイチです。


posted by オーツ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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