2011年12月01日

諸星裕(2010.10)『大学破綻』(角川oneテーマ21)角川書店

 オーツが読んだ本です。「合併、身売り、倒産の内幕」という副題がついています。
 大学が次々と破綻しており、またこれからさらに増加することを念頭に、今後の大学のあるべき姿を論じた本です。
 著者は、日本の大学を卒業後、アメリカの大学院を出て、カナダやアメリカで働いてきた人ですから、海外の目で日本を見る面があります。
 目次は以下の通りです。
第1章 崩れ始めた日本型「大学ビジネス」
第2章 教育力は再生するか?――脱「旧帝大モデル」という活路
第3章 タイプ別・日本の大学それぞれの「いま」
第4章 受験生はなぜ「大学選び」を誤るのか?
第5章 大学から日本がよみがえる
 こうして並べてみると、目次だけでも本書の内容が彷彿としてきます。
 単純化していえば、今までのままの大学では、もう成り立っていかないのではないかということです。
 教員が何でも決定したがっているというのはその通りでしょう。大学は、教授会自治を基本において成り立っています。そういう文化の中にどっぷり浸かってしまうと、決定することが権力の源泉ですから、あたかも自分が力を持っていることと同じ感覚になります。職員に任せられるところは職員に任せるようにしないと、教員がつぶれます。
 第2章では、旧帝大型モデルでは不十分で、これからは専門教員が一丸となって文章力を鍛えるべきだと主張します。そうかもしれません。しかし、多くの教員の頭の中には旧帝大型モデルが組み込まれているようです。モデルを変えるのは、考え方を変えることと同じであり、従来の教員にはなかなか行いがたいことのように思います。もっとも、こうしてずるずると現在まで来てしまった点が(著者に言わせると)問題だということになるわけです。
 受験生の大学選びというのは、ずっと昔から問題でした。オーツの場合の大学選び(もう40年も前の話ですが)を振り返ってみると、周りに大学のことを知る人があまりいなかったために、適当に選んでしまったのですが、結果的には、それでよかったと思っています。高校生くらいで十分な大学選びができるものでしょうか。なかなかむずかしそうです。大学に入ってから(いくつかの授業を受けてから)専門を考えるほうがマシだと思いますが、大学側にしてみれば、学部単位、学科単位で入試を行うために、初めから高校生に専門を決めさせているようなものです。
 とはいえ、オーツは、「正しい大学選び」は不可能で、多くの人は、どの学部や学科に入ろうと、自分が必要とすることは自分で学ぶしかないし、あまり大きな違いはないのではないかとも思っています。自分の過去を考えれば、大学の授業として学んだことは、さほど多くはないし(授業がおもしろくないと思えば忘れてしまうし)、それ以上に自分で学んだことのほうが絶対に多いと思います。専門を変えるのはなかなか大変ですが、自分の専門としての学部や学科を固定したとしても、自分の学びたいことを学んでいって、それと自分の専門とを結びつければいいわけですから、そんなに大学選び(さらには学部選びや学科選び)をきちんと考えなくてもいいのではないかと思います。
 大学はこれからどうあるべきかは、絶えず考え続けなければならない問題だと思います。この本は、そういうことの助けになる面があると思います。


ラベル:諸星裕 大学
posted by オーツ at 04:39| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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