2011年10月14日

スーパーマン(1978)

 オーツが見た映画です。
 スーパーマンには、空を飛ぶことなど、人間が持っていない特殊能力があります。それだけで夢があります。どんなことになるのか、見てみたいといいう好奇心がわき上がります。
 空を飛ぶシーンはよくできています。しかし、恋人(ロイス・レーン)と一緒に飛ぶシーンは、ちょっとどうでしょうか。ロイスは、人間ですから、飛ぶ力はありません。すると、スーパーマンが抱きかかえて一緒に飛ぶことはできても、二人が手をつないで(指先だけを接触させて)、ロイスが両腕を広げた形で空中を飛んでいくのはとてもむずかしいことです。映画中にはそんなシーンが出てきます。ロイスがあるスピードで飛び続けるためには、空気の抵抗がありますから、スーパーマンの手から前方向への力をもらうしかありません。さもないとスピードが維持できなくなります。さて、左手の指先だけから体を前方向に押す力をもらうと、体の重心の左側だけに前方向の力が加わる形になり、重心を中心として体が右方向(時計回り)に回転してしまうはずです。映画ではこうなりませんが、これはおかしいと思います。
 二人で雲の上を飛びます。ということは、高度 3000 メートルくらいを飛ぶことになるのでしょう。あの雲の形から考えてそれより低いところにできる雲ではありません。このくらいになると、気温は相当に低くなりますし、その中を移動するのですから、風を受けることになり、地上にいるときのようなドレス姿では、寒すぎると思います。ロイスは凍えなかったのでしょうか。ニコニコしている場合ではありません。
 スーパーマンの真っ赤なマントですが、これは空気ではためくものでしょうか。それとも、自分ではためかせているものでしょうか。常識では、空気ではためくもののように思えます。しかし、宇宙空間(空気がないところ)を飛ぶ場合でも、マントがはためいています。また、スーパーマンが低空をゆっくり飛ぶときでも、高速で飛ぶときでも、マントの動き方はあまり変わりません。高速で飛ぶと、マントにあたる空気の力が強くなり、激しくはためくようになるはずです。さらにいうと、ロケット並みのスピードで飛ぶ場合、空気との摩擦が起こり、マントがちぎれてしまうのではないかと思いますが、そんな心配はいらないのでしょうか。
 ま、映画ですから、こんなツッコミを入れてもおもしろくありませんが、オーツはどうも気になります。
 スーパーマンは超人的な力を持っていてもいいけれど、その周りは普通の世界であってほしいと思います。だからこそ超人的な力が発揮されるわけです。
 この映画の中では、スーパーマンがさまざまな形で人々を救うシーンが出てきます。こういうのを見ると、とても気分が爽快です。へえ、こんなこともできるんだという感じです。
 しかし、この映画では、最後の最後で裏切られた気分になります。ロイス・レーンが乗るクルマが地割れに飲み込まれてしまい、彼女は死んでしまうのですが、彼女を救うことができなかったということで、スーパーマンが地球の周りを高速で飛び周り、時間を後戻りさせてしまうのです。そして、クルマの事故の直前まで時間を戻して、そこからふたたび通常の時間が流れていきます。もちろん、こんな高速移動をしたからといって、時間の流れを変えることはできませんが、仮に変えられたとすると、一種のタイムマシンが実現したことになります。映画ですから、タイムマシンがあってもいいですが、こうすることで、すべてがリセットされてしまいます。つまり、スーパーマンが活躍してさまざまな人を救ったことなどのすべてを自分で否定してしまったことと同じことになります。こういう「落ち」は、好ましくありません。映画で描いてきたことを全部否定したら、一体、何が残るのでしょうか。オーツは、この「落ち」にはどうしても納得できません。
 クリストファー・リーブはスーパーマン向けの俳優で、クラーク・ケントとの二役を巧みに使い分けています。その意味では(つまりコミカルだという意味で)おもしろい映画です。




ラベル:スーパーマン
posted by オーツ at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック