2020年07月15日

松岡亮二(2019.7.10)『教育格差』(ちくま新書)筑摩書房

 オーツが読んだ本です。「階層・地域・学歴」という副題が付いています。
 出身家庭と地域という本人はどうしようもない初期条件によって子供の最終学歴が異なることを膨大なデータによって明らかにした本です。学歴が異なることは、収入・職業・健康などと大きく関わります。だから、日本人は生まれによって格差があるという身分社会に生きていることになります。
 こういうことは、あまり正面切って論じられることが少ないテーマであるように思います。格差があることはなんとなく感じていても、それを論じると差別などと関連付けられたりして、少々口にしにくい話題であると思います。
 本書で扱う主たるデータは 2015 年に行われたSSM調査(20-79 歳の選挙人名簿を用いた約 15,000 人の回答者による)で集められました。こういう統計データを用いて、親の学歴と子供の学習環境などの相関を調べる方法によれば、確実に格差は存在するという結果になります。低学歴の親から生まれた子供が高学歴になる例はもちろんあるわけですが、一方では、大きなサンプルで相関関係を求めれば、全体の傾向としては高学歴の親から生まれた子供が高学歴になりやすいというのも事実です。
 こういう格差を容認するか否かは、また別の問題ということになります。
 同じ扱いをしていても、格差は縮小しません。生まれたときから差があるのであって、その差を縮小させることは現実的に極めてむずかしいといえます。それぞれの格差はやむを得ない面があるということを前提に、それぞれの家庭で子育てにがんばるといったことになるのでしょうか。
 本書は、客観的に格差を描き出すことに主眼があります。格差は、学校に入る前の幼児教育の段階ですでにハッキリしているし、それが小学校〜中学校〜高校の場合でももちろん格差があります。これは日本だけでなく世界中で共通の傾向といえます。
 そこで、どのような社会を望ましいと考えるのかという問題になるのですが、このあたりになると本書の記述外になります。(最終の第7章で少し触れていますが。)
 オーツがおもしろいと思ったことは、三つの失敗として、学校群制度、「ゆとり」教育、高校教育改革(高校の個性化・多様化を目指す改革)を揚げていることです。そういう制度改革が提案され、実施される時代を生きてきた人間としては、当時「変だなあ」と思ったくらいの感想しかありませんが、それらを「失敗」と言い切っているところがおもしろいと思いました。

 本書は新書とはいいながら大部です。本文が 333 ページもあり、それに続く註記が27ページ、325 項目あります。引用文献も21ページ分掲げられており、日本語のものと英語のものが半々です。全体として学術書といってもいいと思われます。読み終わるまで、若干の努力を要しました。

参考記事:
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68206
http://agora-web.jp/archives/2043748.html


posted by オーツ at 04:21| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする