2019年10月12日

本郷和人(2010.11.20)『天皇はなぜ万世一系なのか』(文春新書)文藝春秋

 オーツが読んだ本です。
 タイトルに引かれて読もうと思いました。しかし、天皇論は、第1章から第6章までではまったく触れられず、終章「万世一系の天皇の登場」で議論されます。つまり、タイトルに引かれて読むと、長々と苦痛の章(日本史に関わる内容)を読まされ、その後に期待した内容が20ページほどの分量で語られます。
 手っ取り早く結論を知りたいならば、そんなわけで、20ページほどの終章だけを読んでもいいと思います。
 ただし、著者のいいたいことは天皇のことではなく、日本の歴史の中で、特に中世の武士社会を中心に見ていくと、世襲がどういう捉え方をされたのか、世襲でない(たとえば)下克上はどう見るべきか、才能のある人を取り立てて据えるようなやり方が行われた時期もあり、そうでない時期もあったので、そういうやり方のメリットとデメリットが何か、そのあたりが語られます。本書の記述の中心はそこにあります。
 そういう歴史上のあれこれを踏まえて、明治時代になってから天皇という存在が大きくなったわけですから、天皇のあり方を考える上では、それまでの歴史をおさえる必要があるということになるでしょう。
 とはいえ、本書を手に取る人(の一部)は、オーツのように、タイトルに引かれてでしょうから、そういう人にとっては詐欺のようにも見えるというものです。
 おそらく編集者がタイトルを付けたのでしょうが、若干罪作りなように思いました。
 「血も家も」というのが日本的な考え方であり、「トップが責任を取らない」というやり方を長らく続けてきたのが日本です。まさにその延長上に天皇という存在があると考えられます。

参考記事:http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51992550.html


posted by オーツ at 04:13| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする