2018年02月26日

日中戦争

 某所で議論していたとき、オーツが不思議に思ったことがありました。
 「日中戦争」という用語が資料中に普通に使われていたのですが、オーツはこの言い方には政治的な意図が込められており、よくないのではないかと思いました。その趣旨を言うと、議論の参加者の一人が「今は学校でも普通に日中戦争と教えられています」と発言しました。
 オーツは、そんなことも知らなかったので、驚きました。
 wikipedia で「支那事変」(何と、ATOK はデフォルトで「シナ」が「支那」に変換できません。差別語としているためでしょうか)を読むと、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E9%82%A3%E4%BA%8B%E5%A4%89
以下のような記述があります。
「支那事変」という呼称は、当時の日本政府が定めた公称であるが、初めは北支事変(ほくしじへん)と呼ばれ、その後、支那事変となった。 新聞等マスメディアでは日華事変(にっかじへん)などの表現が使われるほか、日支事変(にっしじへん)とも呼ばれるなど、呼称の揺らぎがある。
一般的には、1937年の支那事変から1945年(昭和20年)までの戦争を日中戦争と呼ぶが、 「支那事変」は1941年(昭和16年)12月8日の太平洋戦争(大東亜戦争)勃発までとするのが代表的見解とされていて、期間が異なる。

 また以下のような記述もあります。
戦後の学校教育では当初「日華事変」に統一されていたが、昭和50年代以降は徐々に「日中戦争」という呼称が広まった。これは日中双方が「事変」としていたが、事実上の戦争であるとの歴史学界による学説、さらに主として日本教職員組合など教育現場やマスメディアが、占領軍(GHQ)や中華民国・中華人民共和国(建国前)両政府の「中国を侮蔑するニュアンスを含む」とする政治的圧力をうけて「支那」という言葉の使用を避けた為である。なお本来「支那」という呼称に差別的意味はないとする研究もある。

 「支那」が差別語だということから「支那事変」という用語が避けられたようです。話が意外なところまで広がっていることがわかります。
 この問題について、オーツは以下のように考えます。
 第1に、「支那」は差別的意味はないと思います。
 これについても wikipedia の「支那」の項にくわしい記述があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E9%82%A3
 その中に以下の記述があります。
 1930年(昭和5年)5月27日、中華民国は外交部に対し、「支那」と表記された公文書を受け取らないように訓令を発した。中華民国中央政治会議による決議を受けて、中華民国外交部(外務省)が、英語による国号表記を“Republic of China (ROC)”とする一方で、中文表記を「大中華民国」であるとし、日本国政府に対し「支那の呼称を使わないよう」に申し入れてきた。

 日本の外交として、その時点でもう少しきちんとしておくべきだったと言えるでしょう。英語で China と書いたり、フランス語で Chine と書いたりして問題ないものを、日本語で「支那」と書いたらいけないというのはいかにも不条理です。中華民国政府が日本に「中華民国」を使うように要請してきた時点で、「では英語でも China を止めて、別の言い方にしよう」とするなら、姿勢として一貫していたと思います。
 まあ、相手が中国と呼ばれたいというなら、あえて「支那」と呼ぶまでもないとは思います。

 第2に、日中戦争についてですが、オーツはこの名称に違和感があります。
 1937 年から1941 年まで、宣戦布告を含む戦争状態ではなかったし、双方がそう認識していたのですから、それを「戦争」と呼ぶのはやはり変だと思います。「事変」のほうが当時の見方にしたがったものであり、後世の人が「戦争」と呼びかえるのは歴史を歪曲するかのように感じます。
 一部に「支那」を差別語と感じる人がいる以上、「支那事変」という当時の正式名称を使うのは望ましくなく、「日支事変」も同様の問題があるでしょう。
 というわけで、「日華事変」あたりが一番妥当な名称ということになりそうです。「日中事変」というのでもいいでしょうが、今まで使われていない新しい用語を作り出すことは避けるべきでしょう。

 ちなみに高校で使われている日本史の教科書や用語集もちょっと見てみました。
 普通に「日中戦争」という用語が使われていました。会議の参加者が述べたことが正しかったわけですが、オーツは、やっぱり違和感を感じます。
posted by オーツ at 04:41| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする