2016年10月10日

なぜうどんを食べているの?

 とある日曜日のお昼のことです。オーツのところに孫2人が来ていました。妻がお昼ご飯を用意して食べさせ、その後、後片付けをしていました。
 オーツは、ちょっと急ぎの仕事があったので、孫と遊ぶことはせずに、自室で仕事を片付けていました。やがて、仕事が一段落したので、ちょっと遅い昼ごはんを食べようと思い、2階の台所に行きました。そして、自分1人分のうどんを茹でて、食べることにしました。
 オーツがテーブルでズルズルとうどんを食べていたときのことです。3歳の孫がオーツに質問しました。「なぜうどんを食べているの?」「なぜ」は「なんで」だったかもしれません。よく覚えていません。
 オーツはこれを聞いて、何と答えるべきか、非常に戸惑いました。
 子供はいろいろなものに「なぜ?」を連発するものです。こうして世間の仕組みや生活者の常識を知るものです。大人としては、子供の疑問に丁寧に答えてやることでいろいろなことを教えることができます。広い意味の教育です。オーツは、そんなことを考え、子供の疑問にはなるべく答えようとしてきました。
 しかし、なぜうどんを食べているかという疑問に対する「答え」はなかなかむずかしいものです。
 考えてみると、質問には「前提」があるものであり、その中で、特定の質問が出てくるのです。
 たとえば、小さな子供が道ばたの草が花を咲かせているのを見て「なぜ花が咲いているの?」と聞く場合でも、同様です。花が咲いている草を見るのが初めてで、今まで見たことがない。今見ている草の姿は普通見ている草と違っている。なぜ違っているのだろうと不思議に思ったというようなことで「なぜ?」と聞いてくるわけです。もっとも、そばにいる大人がこういうことがわかるのは、その大人が子供と一緒に生活経験を共有していて、子供が知っている草の知識はこういうものだと知っているためです。
 さて、「なぜうどんを食べているの?」の場合、この質問の前提がわからないのです。オーツがうどんを食べていることを見かけて、なぜ小さな子供が疑問に思ったのか、何が疑問なのか、ここがわからないのです。それに応じていくつかの回答のしかたがあるわけです。
 たとえば、孫たちは妻が用意した栗の炊き込みご飯を食べました。家族がお昼ご飯を食べるときは、そこにいるみんなが同じものを食べるものだということを前提にしているならば、「なぜオーツだけがみんなと違うものを食べているか」という意味の質問であるわけです。
 あるいは、普通のお昼ご飯を食べる時間を過ぎている点が疑問であるならば、「なぜこんな時間に昼ごはんを食べているか」という意味になります。
 妻もこの時点でお昼を食べていなかったようですが、そういう状況を孫たちが知っていたとしたら、「夫婦で一緒に食べるべきなのに、なぜオーツ一人で(先に)食べているか。なぜオーツは2人分の食事を用意しないのか」という意味かもしれません。
 もしかすると、この質問をした孫は、実は栗ご飯よりもうどんを食べたいと思っていた、あるいは栗ご飯の量が少な目で、満腹でなかったのかもしれません。すると、この質問の真の意味は「自分もうどんを食べたい」ということになります。
 他にもいろいろな前提に立った解釈が可能でしょう。
 孫の質問は、何を前提にしているか、はっきりしないので、答えようがないのです。オーツは「おなかがすいたからだよ」というような当たり障りのない答え方をしましたが、あとから考えてみると、答えようがないなあと思ったわけでした。なぜ答えるのがむずかしいかを考えたら、ここに記したような、とても深い問題が横たわっていることに気がつきました。答えるのもむずかしいけれど、実はたずねること(たずね方)もむずかしいのです。
 子供の場合、普通はこんなことを面と向かって学ぶことはありませんが、多くの人と会話のキャッチボールをする中で自然と学んでいくものなのでしょう。
ラベル:なぜ 子供 疑問
posted by オーツ at 04:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする