2013年12月06日

チャールズ・マレー(2013.2)『階級「断絶」社会アメリカ』草思社

 オーツが読んだ本です。「新上流と新下流の出現」という副題が付いています。
 全体のあらすじとしては、アメリカ人(のうちの白人の30代〜40代の人々)は、50年前の1960年代のころからだいぶ変わってしまって、今や、新上流と新下流に区分されてしまったということです。
 英語の原題のほうが、端的なタイトルです。「Coming Apart――The State of White America, 1960-2010」というものです。
 実は話は「白人」に限定されません。第16章で述べているように、白人の話は黒人やヒスパニックをデータとして含めて論じても同じだそうです。つまり、全人種に当てはまる議論だということです。
 本書は豊富なデータをグラフの形で示し、アメリカで階級の断絶がどのように進行してきたかを明らかにしています。
 オーツは、読みながら、おもしろいと思ったところがいくつもあります。
 一番おもしろいところは、p.60 あたりで新上流がどんなライフスタイルをしているかを描いたところです。
 見た目としては、外車に乗って、肥満がまれだというのは、オーツには当てはまりません。オーツは国産車に乗っていてやや肥満的です。しかし、ライフスタイルはオーツとよく似ています。ファストフードを食べない、タバコは吸わない、テレビをあまり見ない、見る場合でも映画番組であって、娯楽番組は見ない、スポーツ番組も見ない、大画面でスポーツ映像を流しているような店には行かない、外国で休暇を過ごすのは日常の延長である、といったようなことです。
 オーツが当てはまらないのは、アルコールはあまり飲まず、飲む場合はワインかクラフトビールである、ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルをオンラインでチェックする、などがあります。オーツは日本で生活していますので、ワインに該当するのは日本酒でしょうね。オーツはニューヨークタイムズなどは日常読んでいませんが、英語が母語でないので当然でしょう。それに該当する新聞をオンラインで読んでいます。
 その他、子育てやら子供の教育やら職場のようすなど、新上流のライフスタイルはオーツのそれとかなり重なっているのです。オーツは新上流に親しみを感じます。まるで自分のことが書かれているようだ、というと、ちょっと言いすぎだとは思いますが。
 p.371 では、幸福度を決める要素として、家族、仕事、コミュニティ、信仰の四つしかないと述べています。「信仰」が挙がっているのはいかにもアメリカです。日本では四つの要素の一つになるでしょうか。日本の社会調査のデータなどで分析した例があれば見てみたいものです。
 ちなみに、オーツは、(必ずしも幸福度を決めるものというわけではありませんが)自分の時間の使い方(つまりは人生の重要事項)を考えたときに、家族・仕事・趣味の三つが大事だと思っています。
 p.509 の注 23 では、大学入試に関わる専門的な研究が紹介されていますが、学習指導によって SAT のスコアがあがることはあまりないという結論です。合格率を大きく変えるほどの点数アップは見込めないということです。子供の頭の良し悪しは、親からの遺伝による部分が大きいということです。本書の趣旨とは外れますが、かなり重大な話がさらりと書いてありました。
 こうして、新上流が「階級」として、成立していくのです。新下流も同じです。お互い似たもの同士が近くに住み、居住地によって文化が異なってくるわけです。オーツも、あちこち(都内を)引っ越してきましたが、振り返って考えればそういうことだったのかと思い当たることがたくさんあります。
 ともあれ、本書はアメリカという国の有様をデータで解き明かしています。こういうことは、アメリカだけでなく、ヨーロッパなどでもあるのでしょうが、アメリカは階級断絶がかなり激しく進んだということなのでしょう。


posted by オーツ at 04:52| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする