2013年08月28日

石渡嶺司(2007.9)『最高学府はバカだらけ』(光文社新書)光文社

 オーツが読んだ本です。「全入時代の大学「崖っぷち」事情」という副題が付いています。
 著者は「大学ジャーナリスト」を名乗っています。著者紹介によれば「全国の大学を見学して回り、'07年現在、250 校を超える。」のだそうです。そうやって、全国の大学を見て回って、得た結論は「最高学府はバカだらけ」(本の表題)ということだそうです。
 目次は以下の通りです。
第1章 アホ大学のバカ学生
第2章 バカ学生を生む犯人は誰か?
第3章 バカ学生の生みの親はやはり大学!?
第4章 大学の情報公開をめぐる二つの講演
第5章 ジコチューな超難関大
第6章 「崖っぷち大学」サバイバル
終 章 バカ学生はバカ学生のままか?

 全体として、著者が言いたいことは3点です。(p.11 の記述を引用しています。)
1. 最新のバカ学生像とその発生理由
2. 大学業界のアホっぽいところとその裏事情
3. バカ学生が変わる化学反応≠フ瞬間
 目次と対照させると、1.は第1章から第3章です。2.は第4章から第6章です。3.は終章です。
 3.はページ的にも多くはないので、主張の主体は1.と2.にあります。
 オーツは、一読して、1.にも2.にもなじめませんでした。
 第1に、バカ学生に関していうと、こんなバカ学生がいるということで例を挙げるのは簡単ですが、全学生がそうであるわけでもない(終章ではバカ学生でない例も挙げている)わけで、あたかも全学生がバカであるかのような表現(「バカだらけ」といえば、圧倒的多数がバカであるというニュアンスになる)はミスリーディングだと思います。
 次に、もしもバカ学生が多数だとしても、それは、学生層(20歳前後の年齢層が大半)がそういう人たちだということであって、その上の世代としては、時間が経てば年老いて死ぬしかないわけだから、たとえバカだとしてもそういう人たちに日本の(あるいは世界の)将来を任せるしかないわけです。だったら、批判などしていても意味はありません。何とかそういう世代をうまく活用するしかないのではないかと思います。
 さらにいえば、上の世代の人だって、若いころはバカだった(人が多い)と思います。若いということはそういうことです。でも、年を取って様々な経験を積み重ねれば、だんだんバカではなくなるものです。ということは、若い人たちをバカ呼ばわりしても、あまり意味はないことになります。
 第2に、大学業界をアホっぽいと批判していますが、個々の大学がいろいろなことを考えて行っていることであり、批判できる面もあるけれど、同時におもしろい面もあるのではないでしょうか。たとえばユニークな大学名にしても、批判があることは理解できるものの、そういう命名をその大学が選んだという経緯を考えれば、単純に「アホっぽい」と切り捨てるのはどんなものでしょうか。特に、現に在学生がいるわけですから、大学名を批判された大学の在学生にとっては、いい気分はしないでしょう。本当に変な命名であれば、受験者がそんな大学に行きたくないと考え、入試の受験者が激減するという市場原理が働くでしょう。
 評論家というのは、自分は現場と違った高みにいて、下々の世界を睥睨し、ああだこうだと批判的言辞を弄する人なのかもしれません。著者がそのような評論家でない(これからもそうはならない)ことを祈っています。

ラベル:石渡嶺司 大学
posted by オーツ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする