2010年07月25日

津田大介(2009.11)『Twitter社会論』(新書y)洋泉社

 オーツが読んだ本です。「新たなリアルタイム・ウェブの潮流」という副題がついています。
 ツイッターを使って中継する「tsudaる」の語源となった津田氏がツイッターの特徴について概説している本です。
 ツイッターの特徴は、そのリアルタイム性にあるというのが著者の持論です。シンポジウムなどの現場にいて、次々と発言をまとめ、ツイッターで発信するというわけです。これを「ツイッター中継」と呼んでいます。
 しかし、これは、著者がジャーナリストであることから導かれるツイッターの効用の一つでしょう。一般の人がツイッターをはじめたからといって、たくさんのフォロワーがつくとは思えません。
 ツイッター利用者が増えると、つぶやきの数もまた膨大になりますから、フォローしたい(するべき)ものが激増することになり、フォロワーとしても、とても全部は読み切れないという事態になるはずです。
 つまり、ツイッターはある程度時間の都合が付けられる(ある意味では「ヒマな」)人たちのメディアということになりそうです。典型的には若い人(学生など)です。
 会社がツイッターを使うのも、若い人にアクセスしたいからであって、個人が勤務時間中にツイッターで(仕事とは無関係なことを)つぶやいていたら、さらにはツイッター投稿を読んでいたら、その人の業務に差し支えが出るに違いありません。
 オーツは、ブログを読むだけでも、大変だと感じています(メールやオフラインで届く郵便や各種書類も読み切れません)ので、自分ではツイッターはやらないつもりです。やったら時間が破綻します。
 なお、本書でオーツが一番気になったのは、p.68 です。「ツイッター中継と著作権」ということで、以下のような主張をしています。(弁護士などに相談した上で書いているとのことです。)

(1)シンポジウムの講演やパネルディスカッションにおけるパネリストの発言は著作物であるとは認められない場合がある。
(2)話者の発言を選別し、要約し、発信すれば、発言に著作物性があってもセーフになる確率が高い。
(3)ツイッター中継が「報道」であると認められれば、著作物性があっても問題はない。

 オーツは、この3点とも大いに疑問があると考えます。
(1)発言が文字に残っていなくても、公の場で(多人数の前で)行われた講演や各種発言は、有料/無料を問わず、著作物であると思います。これが認められなければ、講演でメシを食っているような人々が干上がってしまい、結果的に講演などが行えないことになり、弊害がひどくなると思います。
 「数人で行った会話や雑談の場合は著作物性はない」という考え方も危険です。とりあえず、すべてに著作物性があると考えておいた方がトラブルを未然に防止することにつながると思います。
(2)話者の発言を要約したら、これは明らかに「二次的著作物」です。元の発言内容を含み、それを改変したものということになり、原著作権とともに、二次的著作物としての著作権も発生します。しかし、原著作権を無視して、一方的に「発信」することは、(原著作者の)著作権侵害になると思います。
(3)ツイッターでつぶやくことが「報道」になるというのは詭弁です。著作権法では、以下のような条文があります。
(引用)
第32条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

 報道ならば、著作物を引用してもよいと読めます。では、報道とは何でしょうか。テレビや新聞などのマスコミが記事を掲載するのは明らかに報道ですし、その延長上で、マスコミのウェブサイトでの記事も報道と考えることができそうです。しかし、個人のサイトではどうでしょうか。報道には当たらないと思います。ツイッターも同じではないでしょうか。ツイッターでの発信者が誰かを問わず、その形態から見て「これが報道だ」とはとても思えません。そんなことを主張したら、日本には報道に携わる人が数百万人もいることになるのですか。


ラベル:津田大介
posted by オーツ at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする