2010年06月28日

英語公用語化

 内田樹氏のブログで「英語公用語化について」を読みました。
http://blog.tatsuru.com/2010/06/24_1311.php
 いくつかの日本の会社が社内の公用語を英語にしたことについて感想を書いています。
 一部引用します。
 英語が公用語という環境では、「仕事はできるが英語はできない」という人間よりも「仕事はできないが英語ができる」という人間が高い格付けを得ることになる。英語が公用語になったある学部では、英語運用能力と、知的ランキングが同期してしまって、授業が困難になったという話を聴いたことがある。その学部では「ネイティヴスピーカー」が知的序列の最上位に来て、次に「帰国子女」が来て、最後に「日本育ちで、学校で英語を勉強した人間」が来る。日本人教師たちのほとんどは最後のグループに属するので、教師が授業で何かを訥々と話しても、ネイティブが滑らかな英語でそれを遮り「あなたは間違っている」というと、クラスは一斉にネイティブに理ありとする雰囲気になってしまうのだそうである。教師はたまりません、とその学部の先生が涙目で言っていた。

 どこの大学か、知りませんが、学部単位で英語を公用語化するというのは勇気ある英断でした。
 しかし、全ての分野で「英語による研究が一番」とは限りません。日本語学、日本史などは、日本語で書かれた論文に優れたものがあるように思います。日本文学もたぶん同様でしょう。こんな授業まで英語でやらされるとなったら、教師たちは悲鳴を上げるでしょう。
 オーツが若いころ経験したことでも、似たような状況がありました。数人の日本人とアメリカ人の混成チームで議論するとき、日本語を知らないアメリカ人が入ると、英語で議論することになるのですが、どうしてもアメリカ人が優位になってしまう傾向があります。日本語で議論すると、日本人が優位に立つことが多いのです。
 こんなことを考えると、大学でも企業でも、安易に英語の公用語化をするべきではないかもしれません。
 英語を公用語にしている企業の将来を見据えたいものです。
ラベル:英語
posted by オーツ at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする