2007年08月21日

ターミネーター2(1991)

 第2作は、ハリウッドらしくお金をかけたものになりましたので、迫力は前作よりも倍増しています。
 オーツは、第1作とはまるで違ったストーリーになった第2作も大好きです。
 今度は、全身が液体金属でできている新型ターミネーターが登場するわけですが、これまたすごい発想です。こういうものを発想した原作者がすごいというべきでしょうか。
 自分の体を変形させて格子をくぐり抜けるシーンなどは、最初に見たとき本当にびっくりしました。(自分の体の一部でない拳銃は格子に引っかかります。)まさに最強の殺人マシンです。
 ただし、考えてみると、液体金属のターミネーターはありえません。人間の姿に変身して人間のように走ったり歩いたりできるわけですが、そのためには、重い体を支える「骨」とそれを動かす「筋肉」が必要になります。液体金属がそういう複雑な「部品」の複合体に(瞬時に)変形できるものでしょうか。
 ターミネーターがサラ・コナーの姿のときは髪の毛があるわけですが、細く長くつながった髪の毛を液体金属で作ることは非常に困難です。液体金属の分子間の相互のコミュニケーションはどうなっているのでしょうか。仮に、そういうコミュニケーションができたとして、一本の髪の毛は隣の髪の毛(の束)とはまるで別のものでなければなりません。(相互にコミュニケーションがないような感じになっていなければなりません。)髪の毛同士が接触していても相互に無関係でなければならないのです。大量の液体金属の分子は相互にどうやってコミュニケーションしているのでしょうか。
 さらに、もしもそういう体ができるとして、全身の神経系はどうなるのでしょうか。走るという動作は、全身の筋肉を同期させて動かすというきわめて複雑な動きです。手と足の同期だけでも大変です。同期していないと転んでしまいます。新型ターミネーターが銃撃されてバランスを崩しても、瞬時に体勢を立て直して走っているんですから、神経系の情報伝達は相当な高速で行われるはずです。全身に素早く情報を送る神経系を液体金属からどのように作るのか、わかりません。
 バラバラになって溶けた状態の液体金属が寄り集まって、だんだん体が再生するシーンがありますが、バラバラになったもの同士でどのように情報をやりとりしているのでしょうか。コミュニケーションができなければ、一つにまとまることはできません。
 金属は、比重がかなり大きいものです。人間の体は、ほとんどが「水」並みですから、比較的軽くできています。両者の重さは相当に違います。自然界には質量保存の法則があり、もしも質量が変わるようなことがあれば、そのときに失われる質量は(相対性理論によれば)E=mc**2 で、エネルギーの形になりますから(原子爆弾と同じ原理ですね)大爆発が起きます。映画の中では、両者がスムーズに相互に変形していますが、それはありえません。
 他にも、一貫した意識(殺そうとする意思)を持っているようだが、それがどこに保持されるのかとか、走ったりするときにエネルギーを使うが、それはどこから供給されるのかとか、いろいろな問題があります。
 こうして考えてみると、人のカラダってきわめて精巧に作られているのだということがよくわかります。

 ま、そういうことを考えていると、映画が楽しめなくなりますから、無粋なことこの上ないですね。
 こういう話は忘れて、ストーリーを楽しみましょう。
posted by オーツ at 04:30 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする